神のことばは、 神様を愛して従う人に臨みます。 「QTは難しい」という先入観を壊し、 すべての信徒がQTに励む チョンジョン教会を訪問しました。
全員がQTをする教会を夢見る 「私たちの教会は田舎のようで田舎ではない町にあります。村全体で65歳以上の高齢者の人口は40%を超えています。私たちの教会も同じです。このような環境の中でQTを定着させるためには、主任牧師である私が過剰なほどQTを強調しなければなりませんでした」 ソウルの大型教会で副牧師をしていた頃、ソン・ヒョンイル牧師は、すべての信徒がQTをする教会を夢見ました。礼拝のメッセージも大切ですが、人生が変わるためには信徒自身がみことばを黙想し、適用するQTが欠かせないことを確信しました。2年前、チョンジョン教会に赴任し、『リビングライフ』の本文スケジュールに合わせて説教し、すべての区域の集まりでQTの分かち合いをするようにしました。 「聖書を読めばいいじゃないか。なぜQTまでしなければならないのかと抗議する方もいました。私は、クリスチャンの基本はみことばと祈りで生きることで、そのためにはQTほど良いものはないと話しました。そして一緒にQTをしました。今は多くの信徒が『みことばを自分で開いて食べられることがどれほど良いことかを実感している』と言っています」 このような変化はすぐには起こりませんでした。Duranno主催のQTセミナーに、信徒全員が何度か出席して講義を聞き、聖日の午後にはQT教育を行いました。教育のたびに、区域・家庭・個人別にどのようにQTをしているかということを証しとともに発表しました。ソン牧師は、教会にQTが定着する過程を記録し、信徒たちのQTの習慣化を助けるために何が必要なのかを研究し、祈りました。
みことばの中に深く入るQT 「特にお年を召した方々がQTがなかなかできない理由の一つは、文章を読んで整理し、自分の話に置き換える訓練ができていないからです。それでも『ゆっくり、繰り返し、続けて』すれば、できるようになります。私は最低10回は本文を読むように勧めています。読んでいるうちに、神のことばが私の考えに流れて来るのを感じます。結局QTはみことばを生活に生かすことですが、黙想をすればするほど、からだと心がみことばに深く浸っていくのです。ですから、私は神様を愛する人ならだれでもQTができると信じています。特に、この教会の信徒たちは、聖書をそのまま信じようとする心、神のことばに対する恐れを持って信仰生活をしてきたからか、黙想したみことばをしっかり適用し、従おうとする姿勢が身についています」 ソン牧師のこのことばに加えて、区域のQTの集まりのリーダー、パク・ジョンスクさんが、QTが定着していった具体的な過程を説明してくれました。「先生が来る前にも自発的な聖書の学びの集まりはありましたが、そのときは数人の信徒中心に進められることが多かったです。でも、今はみことばをしっかり理解できない場合でも、QT誌の本文解説や黙想エッセイなどを一緒に読むため、集まりから疎外される人がいないのがいいですね」 さらにチョンジョン教会は子どもたちもQTをします。教会学校の教師ハム・ユジンさんの話です。「最初はQTを一ヶ月間一生懸命した子どもに賞を与える方法で参加を促しました。そうしてQTをしていく中で、神の愛を知っていく子どもたちを見ながら、継続してQTすることがどれだけ重要なのかがわかるようになりました」 チョンジョン教会で初めてQTをしたというイェ・オクソクさんはこのように告白します。「最初は何を黙想して適用しなければならないのか何も分かりませんでした。そういう時は本文を何回も読みながら、私の心に思い浮かぶ祈りをQT誌の空いているところに書き出しました。時にはどうしても赦したくない人のために、神様に訴えたりもしました。しかし、QTを終える頃には、大きな神の恵みに包まれ、平安になっているのを感じます」 「人の目を引くような行事などをして、教会を量的に成長させようというような欲はありません。この地域はそんなことを考えられる環境でもありません。そういったことが、神のことばにさらに集中できる雰囲気を作り出してくれるのです」 ソン牧師が話してくださったように、100人ほどの信徒が出席する静かな教会に、神の御声は大きく鳴り響いています。純粋な情熱で神様を慕い求め、喜ぶチョンジョン教会を見ながら改めて感じさせられます。神のことばはすべての人のためにあり、QTとは子どものように神のことばを受け入れて従うことだということを。
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