ロサンゼルス・ジュソン宣教教会のソン・テジョン牧師は QTの働きにすべてをささげました。 言葉の壁や文化の違いによって苦しんでいる移民者たちに 別名“出会いのQT”を通して 聖徒の人生に聖さが回復される道を教えています。
迫害の中で育った純粋な信仰 「イエスを信じたらおまえも死んで、私も死ぬ」と言うほど、父はキリスト教を強く拒みました。「1つの家に宗教が2つあると滅びる」という俗説を信じていたからです。そんな家庭で、まず兄がイエス様を受け入れ、私は小学3年生の時から教会に通いはじめました。兄は神学校に行きたがっていましたが、父の反対により教師になる道を選び、私は昼間働いて、夜間の神学校に通いました。神学校の最後の学期にアメリカで授業を受けたことをきっかけに、結婚後、家族そろって移民することになりました。早朝には新聞配達をし、平日はテコンドを教えるなど、手当たり次第に働きながら勉強し、副牧師生活をしました。そして、渡米1年後の1999年に「主ご自身が成長させる教会」という意味のジュソン(主成)教会を始めました。 QTはプログラムではなく人生そのもの 教会開拓後、神様に「神様! 移民教会の聖徒は幸せそうに見えません。どうすれば彼らが幸せな信仰生活を送れるのでしょうか」と祈り求めました。すると、主はこのようにおっしゃいました。「あなたは、どんなときに幸せだい」「みことばを黙想して悟ったことを伝える時です」「だれでも自分が直接聖書を読み、わたしのことばを聞き、分かち合う時、幸せなのだよ。あなたが幼い頃からしてきたQTを、聖徒たちと一緒にすればいいのだよ」。神様が教会全体にQTを広げることを望んでおられることを悟り、信徒全員にQT誌を渡して、「QTをしましょう」と呼びかけました。しかし、1年が過ぎると、毎日QTをしていたのは、信徒約20名のうちたったひとりでした。「神様! 1年間呼びかけてきたのに、ついてきたのは、たったの1人です。これでもQT牧会を続けるべきですか」「あなたはQTを毎日するのに、何年かかったんだい」「高校の時から数えると20年です」 その時、決心しました。「QTは生活だ。プログラムではない。教会が存在し、私が生きている限りQTをしよう!」神様は、QTの分かち合いを広めるための道も開いてくださいました。ある日、『リビングライフ』でQTの集いが紹介されているのを見て、そこを訪れ、1年間、一般信徒が導くQTの集いに参加しました。その後、私たちの教会にも7つのQTの集いができました。おかげで、私たちの教会は、QTをする教会として健全に成長しました。
ひとりの救いのための66日の習慣 教会にQTの文化が定着し、さらに多くの人たちにQTを紹介したいという使命感が生まれました。そして、「1966 QT宣教会」を立ち上げました。「1」ひとりの人が、「9」救済される(救われる)ために、「66」66日間分かち合うことを習慣化しようという意味です。習慣を完全に自分のものにするためには、66日の反復訓練が必要だという科学的な研究結果に基づいたものです。ロサンゼルスとオレンジカウンティ地域を中心に、QTの集いを運営し、信仰が弱くなっている人や、初めてQTをする人たちのために、聖書全体にざっと目を通す黙想セミナーを月に2回開いています。私が「6つのキー(鍵)教育」と名づけた、だれでも簡単にQTができる方法を、そのセミナーで紹介しています。私の個人的な黙想も分かち合っています。生活に根づいたQTを分かち合うとき、伝道できるからです。QTをするとき、知識に偏ったり、帰納的な適用だけを追求するよりも、神様との交わりが中心とならなければなりません。ですから、私はこのQT法を「出会いのQT」と呼んでいます。QTは、みことばの中で生きておられる神様と出会い、神様と語り合う幸せな時間であり、主の聖さに似ていく時間です。神様と向き合っているという心でみことばを読み、主に尋ね、主の御声を聞くなら、枯れていたたましいがよみがえるでしょう。
ソン・テジョン牧師の6つのキー(鍵)教育
[1] 静かな場所に行く QT誌と筆記具だけを持って [2] 聖霊様に祈る 「聖書の記者に与えられた聖霊の感動を、 きょう聖書を読む私にも与えてください」 [3] 聞くために3回読む ① みことばを理解しながら読む ② 心に響く個所に下線を引きながら読む ③ 黙想する1節を探しながら読む [4] 黙想する1節を見つける 「なぜこのみことばを与えられたのですか」と聖霊様に聞く [5] 黙想する 聖霊様に聞き、答えられた内容を要約する [6] 適用と実践 ① 個人的に ② 具体的に ③ きょう実践可能なこと
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