チェンマイ日本語教会 牧師 野尻孝篤
チェンマイで邦人ディアスポラ伝道に従事している牧師として、教会の紹介を兼ねつつ、ディアスポラ宣教を「つながる・深まる・広がる」という面から考えてみたいと思います。
1. ディアスポラ宣教の「つながり」 世界宣教の歴史において、日本が被宣教国から宣教国へと育ちつつある中で、日本の教会の海外宣教の働きの一環として、ディアスポラ邦人伝道があります。母国日本の母教会とのつながりがあってこその取り組みであり、チェンマイ日本語教会でもあると言えます。 15年ほど前より、海外で老後を送ろうという日本人がチェンマイにたくさん移住してきました。留学生、駐在員などを含め、5千人ほどの人たちが、タイ国第二の古い伝統的な町に住んでいます。その人たちの必要に応えて、二組の日本人宣教師夫妻が集会を始め、月に1度ほど聖日礼拝をもっていました。しかし、タイ人、特に山地民族への宣教を使命としている宣教師にとって、邦人伝道にまで働きを広げることは、時間的、体力的に困難でありました。再三再四、タイの宣教師から日本の諸教会に牧師派遣の依頼があり、5度目の訴えに応えがなければ、タイの地での日本人集会は閉鎖せざるを得ないという時、日本にいた私どもがその訴えを知りました。 1980年から9年ほど、私はOMFのタイ人への宣教のために働き、子どもの教育のために帰国し、埼玉県川越で開拓伝道をしておりました。「家々に教会を、町々に長老を、国々に宣教師を!」を教会のモットーとし、教団に対しては、「使徒の働き1章8節の『および地の果てにまで』の“および”の原語は、「同時に」という意味も持ち、国内宣教と国外宣教は、鳥の両翼のように同時に遂行されねばならない」と訴えておりました。言っていることを自ら行動しなければならない、また、元タイ国宣教師としても、私がやらないでどうすると思い、決断しました。教会を後継牧師夫妻に託し、東京フリーメソジスト教団派遣の宣教師として教団につながり、教団のディアスポラ宣教として、しかも超教派教会の建設を目指して今日に至っています。
2. ディアスポラ宣教の「深まり」 日本人教会でなく、日本語教会と銘うって、日本語のわかる方たちが誰でも集まれるようにしていましたが、タイ人、中国人、アメリカ人、韓国人、ミャンマー人等の出席者もあり、「日本人の教会、日本人のキリスト教」という偏りから自由になっているのではと思っています。礼拝が真の礼拝となり、それゆえに一つとなるようにと、聖日礼拝を最も重視しています。週報には「ただ神おひとりがあがめられ、聖書一巻が神の言葉として語られ、一人ひとりが大事にされる教会」と記しています。高齢化の進む方たちによりそい、特別な課題を抱えてタイに来られた方たちと共に戦い、国際結婚をされている方たちのより所となり、その子女たちが日本の文化でもないタイの文化でもない、言わば第三の文化の子どもとして生きていく姿を共に見守り育てていく教会でありたいと願わされます。 礼拝の会堂は、中国人教会の3階の大きな部屋を朝から借り、平日も自由に使えます。この6年間、小坂忠師とユーオーディア・アンサンブルがチェンマイでコンサートをする時には、日本語教会と中国人教会で合同賛美礼拝にお迎えしています。世界の情勢では日中関係が難しくなっているこの時代に、ここチェンマイでは、民族、言語、文化を越え、同じ神の国の国籍を持つ同じディアスポラとして、同じ神をあがめる礼拝を共にできる幸いを覚えています。チェンマイで亡くなる日本人のため、中国人教会のご好意で、その墓地の一角を99年間、借りうけて日本語教会の墓地とし、納骨堂を2014年に建設しました。その墓碑には「我らの国籍は天にあり」と刻み、「私たちは、日本に帰ることばかりを望むのではない。私たちの本当の祖国、天に帰るのだ。私たちは天の御国のディアスポラである」と語り続けています。
3. ディアスポラ宣教の「広がり」 チェンマイは、東南アジアの中心に位置しているとも言えます。この地で私たちは、四方の諸国に証し人、宣教師を送るハブ(中軸)教会となり、世界宣教のセンター的な教会を建設したいと願っています。教会の会計はまだ自立もおぼつかない状況ですが、教会の月の全収入の十分の一を海外宣教の働きのためにと、毎月聖別しています。「あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません」(マタ 5:14)。チェンマイという高地の町に輝き、世界に光を届ける教会となるものでありたいと願うこと切であります。
野尻孝篤 1944年、東京、深川生まれ。18歳の時、受洗。インマヌエル聖宣神学院卒業。東京フリーメソジスト教団八王子中野教会開拓(5年)。OMF宣教師としてバンコクでタイ人宣教(9年)。1989年帰国、埼玉県川越市で川越国際教会開拓(14年)。2004年よりチェンマイ日本語教会を開拓し、現在に至る。
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