私は大阪オンヌリキリスト教会に導かれて以後、“早起きクリスチャン”になりました。それは、毎日まだ暗いうちに起き、奈良の自宅から教会へ通うためです。以前は早起きの苦手だった私が、なぜこのように変わったかというと、それは、主の恵みにほかなりません。当初早天礼拝は、交通手段の不具合も兼ねて想定外のことでした。しかしそのころ、読み終えて机に置いてあったムン・ボンジュ牧師著の『早起きクリスチャンの祝福』の表紙から、先生(の写真)が私に微笑みかけていたのです。私は思わず本を裏返しました。そのような抵抗を続けましたが、「さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた」(マコ 1:35)というみことばから主の御声が聞こえました。「なぜ来ないのか。必要なものは準備してあるだろう。」私はすぐ車の買い替えの手続きをし、納車した翌日から主との交わりを期待し、みことばの黙想と適用と祈りに励む毎日が始まりました。主は悪天候や交通事情でも守ってくださいましたが、みことばに関しては、容赦なく私の心を刺し通されます。私の中の不純物を取り除かれる時、悶え苦しみながら祈らざるをえません。薄暗い礼拝堂の中で、主にあって死ねば復活、生きようとすれば自我の増殖です。「主よ、助けてください!」と泣き叫んでも、主の沈黙は続きますが、勝利の後に祝福が備えられていることは確かです。私の場合は目に見えるご褒美を頂いたことはありませんが、明らかに主の愛でラッピングされた霊的祝福が届けられました。ここ何年かの体験を通して、最近は教会が父のおられる私の家、奈良の自宅周辺は私の宣教地だと錯覚しております。「お父様、ただ今帰りました」「お父様、宣教地へ行ってまいります」といまだ古い風習の残っている私の宣教地へ毎日出発します。この地域は霊的に地の果てと言っても過言ではないでしょう。 しかし、この地域の人が驚くようなことを成し遂げました。それは十字架とみことばを彫ったお墓を建てたことです。仏教徒だった夫の死後、周りは仏教や神道の墓ですが、みことばなるイエス様が、今もこの地域に光を放ってくださっていることに感謝します。
中川あつ子 Ι 大阪オンヌリキリスト教会
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