聖徒の敬虔訓練⑪

   涙、泣くことと敬虔訓練
 
ホン・インジョン ● 長老会神学大学 実践神学教授


ある時、男性トイレに行くとこのようなはり紙が目に入ってきました。「男が流してはならないものは、涙だけではない。」これは、トイレのきれいな使用をおもしろおかしく表現しようとしたものですが、男は泣いてはならないことを前提として書かれたものです。男女、年齢を問わず、泣くことや涙には、弱さを見せるという固定観念があります。ですから、クリスチャンも涙に対して多少なりとも否定的な見方をしているものです。
涙は、目を保護するために涙腺から分泌される体液の一つと定義されます。ほ乳類は目の保護のために涙が分泌されますが、人だけは目の保護のためだけではなく感情の変化によっても涙が流れます。つまり、刺激を受けて出てくる反射的な涙もあり、感情によって自然に出てくる涙もあるのです。そして、涙とともに感情の表現の一つである「泣く行為」が現れるのです。
私たちは、人生の中で「涙の谷」(詩 84:6)を通ります。しかし、神は私たちの涙を見過ごしにされるような方ではありません。詩篇の著者は「まことに、あなたは私のたましいを死から、私の目を涙から、私の足をつまずきから、救い出されました」(詩 116:8)と叫びます。神は私たちの涙を拭い、私たちを涙の谷から救い出してくださいます。なぜなら、神は涙の意味を知っておられるからです。

涙を流して泣かれた三位一体の神
神の涙
神は預言者エレミヤを通して、イスラエルの民が神に逆らい、滅びに向かう姿を見て、「私の目は夜も昼も涙を流して、やむことがない。私の民の娘、おとめの打たれた傷は大きく、いやしがたい、ひどい打ち傷」(エレ 14:17)と語られます。また、イスラエルの民の高ぶりにより、神は涙を流されます。
神はその民が高ぶり、罪を犯し、偶像礼拝によって破滅に向かっていくのを見て、痛み悲しまれ、涙を流されました。神は心痛めて涙を流される父なる神です。

イエスの涙
イエスは、ラザロの墓の前で涙を流されたことがありました。「イエスは、彼女が泣き、彼女といっしょに来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になると、霊の憤りを覚え、心の動揺を感じて、言われた。『彼をどこに置きましたか。』彼らはイエスに言った。『主よ。来てご覧ください。』イエスは涙を流された」(ヨハ 11:33~35)。
イエスは、ラザロの死とその姉妹たちの悲しみのために涙を流されたのではありません。イエスが心に憤りを覚え、心に苦しみを感じられたのは、「マリヤとマルタ、そしてベタニヤに住んでいた人々の友人たちの心の中にあった、それほどまでにひどい痛みをもたらす罪と、死に対する主の義憤を暗示するもの」と理解することができます。また、ヨハネの福音書に繰り返し出てくる「あわれまれた」「心の動揺、霊の激動、心が騒ぐ」などという表現は、非常に強い語調で記され、人々とともにその感情を感じ、心を動かされたことを描写するものです。
ですから、ヨハネの福音書11章33節で使徒ヨハネは、人々の泣いている姿と、イエスの泣いている姿を別々の単語で表現して区別しています。人々の泣く行為については、大きな声で泣き叫ぶ(loud wailing, klaionatas)ものであるのに対し、イエスについては、静かに流れ落ちる涙(edakrysen)という単語を使っています。
それだけでなく、「キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげましたそしてその敬虔さのゆえに聞き入れられました」(ヘブ 5:7)とあるように、時としてイエスは大きな叫び声と涙によって神に強く求め、望むところを告げておられました。イエスは悲しみ、涙を流された子なる神です。

聖霊の涙
聖霊も、私たちのために神に求めるとき、泣かれます。パウロはローマの聖徒たちに「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしをしてくださいます」(ロマ 8:26)と言います。聖霊は、弱い聖徒たちのためにうめき、とりなしをして涙を流される神です。


聖書の中の涙
エレミヤは涙の預言者として知られています。涙を川のように流し(哀 3:48~49)、涙をあふれさせました(哀 1:16)。悲しみで夜を明し(哀 1:2)、肝が注ぎ出されるほど泣いた(哀 2:11)とあります。エレミヤは、涙を流される神の御心を知っていたので、涙の預言者と呼ばれるようになりました。
ダビデは涙を流し、うめきながら祈りました。「私は私の嘆きで疲れ果て、私の涙で、夜ごとに私の寝床を漂わせ、私のふしどを押し流します」(詩 6:6)。ダビデは涙を流しながら祈る時、神に黙っていないでくださいと祈りました(詩 39:12)。神の前に流す涙が主の皮袋にたくわえられ、主の書物に記されることを望みました(詩 56:8)。
パウロは涙の使徒です。エペソの長老に「私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください」(使 20:31)と言っています。ヨブも苦しみの中で神に向かって涙を流し(ヨブ 16:20)、ヒゼキヤは病によって苦しんでいたとき、いやしの約束を受け取りました(Ⅱ列 20:5)。ルカの福音書には、涙でイエスの御足をぬらし、自分の髪でぬぐい、御足に口づけをして、香油を塗った女の話があります(ルカ 7:38)。イエスは多く赦された者が多く愛すると言われ、この女を褒め、救いを宣言されました。
聖書の人物が流した涙は、神の心をもって隣人のことを悲しみ流した涙であり、神の守りと導きを求めて流す涙です。また、イエスの愛に感激した涙です。ですから、神の人は、話すときや文章を書くとき、訓戒するときや勧めをするときには、涙の霊性、涙の性質を点検しなければなりません。

日常での涙
どうすれば日常において涙と泣くという行為の霊性を、健全に用いることができるでしょうか。一つめに、三位一体の神の涙、すなわち、失われたたましいに対する悲しみを回復することです。このために、神の心を黙想し悔い改める「一人の時間」を持たなければなりません。ただ悲しみにくれて涙を流すことは、不信仰にとどまらせる結果になりかねません。復活したイエスに会ったマリヤが弟子たちのところに戻っても、彼らは相変わらず泣いていました(マコ 16:10)。弟子たちの激しい悲しみと涙は、復活のイエスを見る
ことを妨げました。ですから、イエスとともにいる「一人の時間」を定期的に持つとき、イエスの悲しみの心を学ぶことができるのです。
二つめに「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから」(マタ 5:4)というイエスの約束通り、神は悲しむ者を慰めてくださいます。涙を流すことができるのは、神の贈り物であり、神の民としての特権です。神は私たちが経験している悲しみや失望の涙もすべてぬぐい取ってくださいます。「彼らの目の淚をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである」(黙 21:4)。
三つめに、涙の霊性は、多様な祈りの生活と関連があります。祈りの対象だけでなく、祈りの方法も多様です。嘆きの祈り、とりなしの祈り、沈黙の祈り、声を合わせて祈る祈り、心を合わせて祈る祈りなどで、その対象を広げれば、本人はもちろんのこと、家族、教会の兄弟姉妹、教会、民族のために具体的な涙の祈りをするようになります。
最後に、新しい人生の変化のために涙で種を蒔くべきです。「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」(詩 126:5~6)。聖徒は世の荒波に悩まされても、涙を流して種を蒔かなければなりません。そうすれば、神の約束は実を結び、喜びで収穫するようになります。いつ、何のために涙を流したかを考えてみれば、自分の霊性が見えてきます。ユ・アンジン氏は、自作の詩『背』でこのように表現しています。

恥ずかしいけれど、これまで僕は
自分のためだけに泣く者だった。
いまだに最も大きな痛みの中での涙は
いつも自分のためにあふれ流れる。
どれだけ年を重ねれば心が育ち、
心の背がどれだけ高くなれば
他人の分まで泣けるようになるだろうか。
人生に疲れた悲しみの日にも 
自分のことしか目に入らない目。
人生に喜びがあって笑う時にも 
自分の笑い声だけを聞いている耳。
僕の心がこんなにも乱れていることが
恥ずかしくて、恥ずかしくて、
たまらない。

三位一体の神は、民を見て、涙を流されると同時に、私たちの涙を知っておられ、回復させてくださる主であり、その涙を通して神をもっと知るようにと言われます。ですから、使徒の働き1章8節のみことばをこのように言い換えることができます。「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは涙の力を回復します。そして、自分、家族、教会、地域社会を超えて、民族と地の果てにまで、イエスの涙の証人となります。」




 

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