キリスト教の倫理 神への愛と隣人愛の弁証法

   クリスチャン人生論 22
 
ユ・スンウォン デトロイト韓国人連合長老教会 主任牧師


さまざまな主張がひしめいているこの時代に、見分ける力を持って生きることは簡単ではありません。ユダヤ人の伝承によると、トーラー(モーセ五書)だけでも計613個の戒めがあると言われています。このように戒めが複雑で多いため、正否を一つ一つ適用することは簡単ではなく、ユダヤ人は、人生の倫理的な判断基準になりうる大きな原則を知りたいという渇望が常にありました。律法の専門家がイエスをためすために尋ねた、たくさんある律法の中で、どれが一番たいせつなのかという質問は、このような関心と悩みを代表するものでした(マタ 22:35~36)。

「偶像のいけにえ」に対する答え
ギリシヤ-ローマ世界では、キリストを通して神の民になった異教徒であるコリントの聖徒たちには、エイドロシトン(eivdwlo,quton、偶像にささげられた肉)を食べることは、正しいのか正しくないのかという葛藤がありました。使徒パウロはこの問題について、非常に長く説明しています(Ⅰコリ 8:1~11:1)。
コリントでは、異教徒の神殿でいけにえをささげた人が、隣人を招いて、いけにえとしてささげた肉を分け与えて晩餐を開いていました。それは宗教儀式の一部でしたが、日常的な親交でもありました。これに対して、偶像は実際にはないものなので、偶像にささげられたいけにえもまた、何の意味もないものであり、自由に食べても問題がないと考える信徒たちがいました。彼らの「神学知識」は間違ったものではありません。「私たちは、世の偶像の神は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています。なるほど、多くの神や、多くの主があるので、神々と呼ばれるものならば、天にも地にもありますが、私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、……」(Ⅰコリ 8:4後半~6前半)。すばらしい神学の宣言であり、確かな信仰です。しかし、パウロは、この知識に従って自由に「偶像のいけにえ」を食べる場合、罪になることがあるため、そうしてはならないと勧めます。彼の論理は次のとおりです。
(1)知識は良いものです。しかし、「愛」という原則に従わなければ、害になります(Ⅰコリ 8:1)。神学的知識を持つことよりも大切なのは、神に認められ、知られることです。「人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです」(Ⅰコリ 8:3)。「神への愛」が私たちの行いの正しい基準なのです。
(2)偶像は、実際にないものなので、「偶像のいけにえ」にも何の意味もありません(Ⅰコリ 8:4~6)。しかし、このような知識を完全に内面化することができず、「偶像のいけにえ」を食べることをはばかる信徒たちがいます。それは、偶像を捨てて、神を選んだ改宗者でした。それで、偶像の前に行くと、以前仕えていた神々に戻るような感じを取り除くことができず、偶像にささげられた「偶像のいけにえ」に対しても、実際に以前の神々を通過してきたものとして意識する傾向があります。自ら自由だと信じている人々の表現を借りれば、まだ良心が弱い人々です(Ⅰコリ 8:7)。
(3)彼らがこのように「偶像のいけにえ」を食べてはならないという意識を持っているのに、外部の圧力や食欲にそそられて、それを食べるなら、その行為は、結局神に対する不従順となってしまいます。「しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です」(ロマ 14:23)。食べること自体は問題がないかもしれません。しかし、いわゆる「知識」があって「自由だ」と言っている人々が、神殿に座って偶像にささげられたいけにえを平然と食べているのを見るとき、良心が弱い兄弟たちもつられて一緒に食べながら、心で罪を犯すことになるでしょう。その結果、その神学的な知識が弱い兄弟を滅びに追いやる結果をもたらすのです(Ⅰコリ 8:11)。このように、兄弟に罪を犯させることは、キリストに対して罪を犯すことです(Ⅰコリ 8:12、マタ 18:6、マル 9:42、ルカ 17:2)。
正否の基準、愛
ここで、重要なキリスト教の倫理の原則が示されています。それは「愛」です。愛があるなら正しく、愛から外れているなら罪なのです。パウロは、「偶像のいけにえ」の問題において、兄弟をつまずかせないことを「神への愛」と見なしました(Ⅰコリ 8:3)。パウロ自身は、揺るぎない神学的な知識を持っているので、「偶像のいけにえ」を食べても何の問題もありませんでしたが、兄弟のためにその自由を喜んで放棄します(Ⅰコリ 8:13)。続けて、9章全体を通して、自分がキリストの福音のために権利を自由に用いず、放棄した犠牲的な愛の例を挙げた後、10章では、神に聞き従わなかったイスラエルの過去の歴史を振り返っています。
このように、9章では、隣人愛の例を、10章では神の愛を裏切る不従順の例を挙げた後、「偶像のいけにえ」についての結論を下します。「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。ユダヤ人にも、ギリシヤ人にも、神の教会にも、つまずきを与えないようにしなさい。私も、人々が救われるために、自分の利益を求めず、多くの人の利益を求め、どんなことでも、みなの人を喜ばせているのですから」(Ⅰコリ 10:31~33)。隣人を愛することが、神の栄光のために生きることです。つまり、兄弟を愛することが神を愛することであり、神を愛するなら兄弟のための愛から外れないというのです。ヨハネは同じ論旨でこのように整理しました。「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています」(Ⅰヨハ 4:20~21)。

神への愛と隣人愛
もちろん、ヨハネの教えはイエスの教えから出たものです(Ⅰヨハ 4:21)。「隣人愛」が律法全体を要約するというのは、当時の一般的な認識だったと思われます。
イエスの時代の有名なラビであったヒレルという人は、片足で立っている間にすべての律法を教えてくれるなら、自分も改宗すると言う異邦人に、レビ記19章18節に基づいた消極的な解釈によって答えました。「あなたが嫌なことをあなたの隣人にしてはいけない。これがトーラーのすべてであり、あとの残りはこれに対する注解にすぎない」(Babylonians Talmud, Shabbath 31a)。
パウロも同じ内容に言及しています。「愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします」(ロマ 13:10)。
イエスの教えの特別な点は、隣人愛を神への愛と結びつけたことです。律法の専門家が、いちばんたいせつな戒めは何かと尋ねると、まずイエスは、ユダヤ人が朝夕に暗唱する「シェマ」(申 6:4~5)を引用されました。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです」(マタ 22:37~38)。このみことばは、ユダヤ人が十分に共感できるものでした。
イエスはここで終わらず、律法の要約として認識されているレビ記19章18節を、意図的に付け加えられました。「『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです」(マタ 22:39~40)。神への愛と隣人愛はいつもともにあり、前者がなければ後者は意味がなく、後者がなければ前者は真ではないという暗示でした。そのため、この二つの戒めにすべての律法と預言者、つまり、聖書全体がかかっていると語られたのです(マタイの福音書22章40節を直訳すると、「この二つの戒めの中にすべての律法と預言者がかかっている」となります)。
私たちはここで、クリスチャンの倫理の分別基準を読み取ることができます。それは「愛」であり、「神への愛と隣人愛」です。神を愛することは正しいことであり、神の愛に違反するものは罪であり、悪です。神を愛するなら隣人を愛するはずです。そのため、隣人を愛することは正しいことであり、隣人を愛さないことは罪であり、悪なのです。
神を愛することが隣人を愛することなので、私たちが神を愛すると言って行ったことが、隣人愛から外れているなら、それは正しいことではありません。コリントの教会で、神に対する神学的知識は持っていても、信仰が弱い兄弟を全く考慮しなかった人々が犯罪者になる理由は、そのためです。また、隣人を愛すると言って行ったことが、神への愛に逆らうなら、それもまた罪になります。同性愛の正当化がそれです。同性愛を肯定することは、同性愛的な性向を持つ人を隣人として愛していることと同じです。しかし、それは、聖書で神が明らかに忌み嫌われることを認めることによって神への愛を拒むことなので、正しいことではありません。
どんな事実であれ、神への愛と隣人愛を同時に包括するとき、つまり、二つとも満たすとき、倫理的に正しいのです。もし、どちらかでも違反していれば、実はそれは、神への愛と隣人愛の原則を両方とも犯していることになり、罪です。それが、キリスト教の倫理の試金石なのです。


兄弟愛は神を愛することなので、
神を愛する人は弱い兄弟に配慮する愛を
実践しなければなりません。

「神への愛」と「隣人愛」を同時に
満たすことが正しいことです。
これが、クリスチャン倫理の分別基準です。

 

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