å¥‰ä»•ã¨çŒ®é‡‘、教会を建て上げる働き

   ã‚¯ãƒªã‚¹ãƒãƒ£ãƒ³äººç”Ÿè«– 20 奉仕、献金
 
ユ・スンウォン デトロイト韓国人連合長老教会 主任牧師


「奉仕」で教会と自分を建て上げる
いつからか、「教会は、クリスチャンとこの世のために何かしなければならない」という「教会機能論」の側面が強調されるようになりました。教会が本質的にミッショナル(missional、使命的)な役割を果たすべきだというのは、正しい考えです。しかし、その役割は、消費者の需要と嗜好を満たすための効用性製品になることを意味するのではありません。教会はキリストのからだであり、神のものです。教会の主人は神です。教会は根本的に罪人たちの欲求を満たすための人間の制度ではないのです。
教会は、構成と意味の上で「人」を表します。新約聖書で建物を指す単語として使われたことは一度もありません。私たちが教会です。器官である私たちが教会だという意味です。私は神の教会であるため、教会が私のために存在するのではなく、私が教会のために存在するのです。そのため、すべての信徒は教会を建て上げる義務があります。「あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです」(エペ 2:20~22)。
世に遣わされるのが教会ですが、まず教会が建てられなければ遣わすことはできません。そのような意味から、建てることが遣わすことの始まりです。「むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです」(エペ 4:15~16)。ジョン・F・ケネディ大統領の就任演説文を借りて表現するなら、正しいクリスチャンは「教会があなたのために何をしてくれるのかと問うのではなく、私が教会のために何ができるか」を問わなければなりません。教会を母として仕えないなら、神を父として迎えることはできません(キプリアヌス)。
教会を建てることが宣教です。教会を無視して世に出ることは、宣教とは言えません。ですから、教会を建てる働きをしている私たちは、みな働き人です。現代教会の観点から、信徒を「聖職に任命されていない一般信徒」と定義するなら、このような概念は少なくとも新約聖書にはありません。英語で一般信徒を意味する単語(laity)は、もともと「民」を意味するギリシャ語ラオス(lao,j)から来ました。「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり」(Ⅰペテ 2:9~10前半)。クリスチャンには、何の差別も区別もなく、みな「神の民」であると同時に働き人なのです。
しかし、これに該当するラテン語ライクス(laicus)という単語が、教職階位では職責を持たない、バプテスマを受けた一般の教会員を指すのに使われ始め、新約聖書にない今日の「一般信徒」の概念が広がりました。そのため、カトリック教会では聖職者を旧約用語の「司祭」(priest)と呼ぶようになり、宗教改革者ルターがこのような区分を打破し、新約の精神に戻って「万人司祭説」を主張するようになったのです。私たちはみな「王である祭司」です。そのような意味から、「一般信徒」という表現は神学的に適切ではありません。一般信徒というものは存在しないのです。
クリスチャンはみな教会を建てる働き人です。弟子たちが互いに高い地位を望んで争ったとき、イエスは彼らが互いに「仕える者」になるよう教え、ご自身も仕えるために来たと宣言されました(マコ 10:43, 45)。「仕える者」を意味するギリシャ語ディアコノス(dia,konoj)が、英語では執事を意味するディーコン(deacon)になりました。「仕える者」を意味するラテン語はミニスター(minister)で、英語では牧師を指す単語になりました。執事も牧師も語源は同じです。これこそ「働き人」の本来の意味です。
私たちはみな、イエスが語られた「仕える者」、つまり、「働き人」です。「奉仕」はこの「仕える」の漢字語です。「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり」(エペ 4:11~12)。ここに例外はありません。すべてのクリスチャンは、教会を建て上げるために自分に与えられた賜物と力をもって例外なく奉仕しなければならない働き人です。教会のために働かなくてもよい人はいません。奉仕するのがクリスチャンであり、クリスチャンは、奉仕することによって教会を建て上げ、教会の器官である自分自身を建て上げる存在なのです。

「十分の一献金」によって教会を建て上げる
「あなたが種を蒔いて、畑から得るすべての収穫の十分の一を必ず毎年ささげなければならない」(申 14:22)。神が命じられた「必ずささげなければならない」十分の一とは何でしょうか。一つ目に、十分の一献金は食べることです。「主が御名を住まわせるために選ぶ場所、あなたの神、主の前で、あなたの穀物や新しいぶどう酒や油の十分の一と、それに牛や羊の初子を食べなさい。あなたが、いつも、あなたの神、主を恐れることを学ぶために」(申 14:23)。神は、神の御前で十分の一を食べて楽しむよう命じられました。十分の一献金は、私たちが一般的に考える献金だけではなく、神殿の礼拝と祭り、愛の交わり、教育をすべて含んでいます。
二つ目に、十分の一献金は、自分の分け前のないレビ人のためのものです。これは、十分の一献金の使用先の最も中心的な部分です。レビ人は神殿で働いたため、土地の分配を受けませんでした。自分の相続地がありませんでした。地で自分の仕事ばかりしていると、神殿の仕事をしなくなる可能性が高いからです。そのため、民の十分の一で彼らの生活を支えるようにしました(民 18:21~24)。十分の一献金は、この地の職業を持たず、教会の働きに専念する専任の働き人のための生活支援です。
三つ目に、十分の一献金は、苦しい人々のために使われます。3年に一度、追加で十分の一献金をささげ、疎外されていた貧しい人々を支援するために使われました(申 14:28~29)。十分の一献金は、宣教と施しそのものでもあるのです。
ある人は、十分の一献金は旧約時代のものだと言います。しかし、十分の一献金は旧約の命令であると同時に、新約の義務でもあるのです。イエスも十分の一献金をなくしてはならないと言われました。「わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、正義とあわれみと誠実を、おろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、十分の一もおろそかにしてはいけません」(マタ 23:23)。
なぜ十分の一献金に言及しながら、あえて正義とあわれみと誠実について論じ、また、なぜどちらもおろそかにしてはならないと言われたのでしょうか。先に見たように、十分の一献金の精神は、正義とあわれみと誠実だからです。十分の一献金が神のため、共同体のため、そして苦しむ人々のために使われるものだからです。十分の一献金は義と愛と信仰です。十分の一献金を神にささげるなら、その十分の一献金が信仰の共同体のために、神の働き人のために、そして主があわれむ失われたたましいと貧しい人々のために使われるからです。
十分の一献金は、祝福を受けるためのご利益的な投資ではなく、教会を建て上げ、教会が使命を果たすために用いられる尊い働きの一つです。十分の一献金は、神にささげる献金の代表格です。献金は礼拝と交わりと教育を可能にする働きであり、専任の働き人が働けるようにする奉仕であり、宣教と伝道と施しです。献金は「ささげること」です。使徒パウロがマケドニヤの人々の献金についてこう語りました。「神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました」(Ⅱコリ 8:5)。献金は与えることです。しかし、お金を与えることのように見えますが、根本的には「自分を」与えることです。神に自分を与えることであるため、「ささげること」なのです。そのため、私たちは献身ということばを使います。また、献金は自分をほかの人に与えることです。献金は自分自身を神にささげ、人々に差し出す献身なのです。
献金は「分かち合い」です。「今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。『多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった』と書いてあるとおりです」(Ⅱコリ 8:14~15)。ここに引用されている旧約のみことばは、マナに関するものです(出 16:18)。マナをもっと集めようと定量よりも多く持ってきても、それは翌日食べられませんでした。多く集めても自分のものにならなかったのです。自分がきょう食べる分だけ集め、もし余ったらほかの人と分かち合わなければなりません。そうでなければ腐って食べられなくなり、捨てることになります。それで私たちは「われらの日用の糧をきょうも与えたまえ」と祈るのです。これがクリスチャンの精神です。ですから、献金は、教会を建て上げる働きなのです。

教会のために働かなくてもよい人はいません。
奉仕するのがクリスチャンです。奉仕を通して
教会と教会の器官である自分を建て上げるのです。

 

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