ä¿¡ä»°ã¨ã¯ä½•ã‹ 信仰、恵みの賜物を受ける従順の手

   ã‚¯ãƒªã‚¹ãƒãƒ£ãƒ³äººç”Ÿè«– 16
 
ユ・スンウォン デトロイト韓国人連合長老教会 主任牧師


キリスト教の言う信仰(faith)とは、特定の知識や思想を真理と認め、確信(belief)し、そこからさらに進んで、その対象を信頼(trust)し、その対象のために献身するという意味を含んでいます。キリスト教を風刺する「信じます!」という言葉が流行っています。時にはあざけるような口調で言われますが、クリスチャンが絶対に捨ててはいけないのが「信仰」です。

信仰ではないもの
私たちは、聖書の語る「信仰」ではないものを見極めなければなりません。一つ目に、信仰は“主観性”とは違います。信仰は、客観的な事実とは関係なく、自分勝手に抱く主観的な心の状態ではありません。真実かどうかはおかまいなしで、自分の自由にできる考えなのだから放っておいてほしいというような“主観性”は信仰ではありません。
二つ目に、信仰は“考えのない愚かなもの”ではありません。判断力がなく、何を言っても批判せず受け入れて、だまされる“天真爛漫”ではありません。分別力がなく、無条件的に受け入れる“無知”でもありません。つまり、信仰は「無条件に信じること」ではないのです。
三つ目に、信仰はすべてを肯定的に考える“楽観主義”とは違います。「できる! できないなら、できるようにしよう」という洗脳によって形成されるかたくなな信念ではありません。望むとおりになるという感情的な“ポジティブ思考”の自己暗示でもありません。
では、聖書の言う「信仰」とは何でしょうか。それは、神がひとり子イエス・キリストを私たちに与え、イエスを信じる者は滅びることなく永遠のいのちを受けるという“救いの信仰”を指します(ヨハ 3:16)。イエス様を「受け入れた」人々、すなわち、その名を「信じた」人々に神の子どもとされる特権をお与えになったというその信仰であり(ヨハ 1:12)、福音を信じるなら神が義とし、救いを与えてくださるという信仰です(ロマ 1:16~17)。

信仰と信念は違う
使徒パウロは、福音と信仰の関係をうまく整理しています。「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです」(ロマ 10:9~10)。これは、私たちがイエス・キリストの死と復活を通して神が行われたことを心で信じ、その信仰を口で告白するなら、義とされて救いを受けるという意味です。
信仰を誤解してはなりません。聖書の言う「信仰」と「信念」は区別されなければなりません。もし「自分の信仰」が自分を救うと信じるなら、それは「自分の信念」が自分を救うという意味になります。人為的な自分の心の状態、あるいは他宗教のように何かの悟りの内的覚醒が救いを与えるという意味になります。しかし、そのような意味の信仰によって救われるという考えは、深刻な誤りです。
救いは神が私たちに与えてくださるものであって、私たちが習得したり、勝ち取るものではありません。私たちが自分の力で造り出すものであるなら、「救い」ということば自体が矛盾しています。「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです」(エペ 2:8~9)。救いは私たちから出るものではありません。自分が何かを成功させた「行為」によって救いを獲得するのではありません。神が私たちのために「くださる」ものです。だから「恵み」なのです。「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです」(8節)のギリシャ語原文を直訳すると、「私たちは信仰を通して恵みによって救われた」となります。神が恵みによって私たちを救ってくださるのです。「私たちの信仰」が私たちを救うのではなく、神が「信仰によって(を通して)」恵みで私たちに救いを与えてくださるのです。
自分が自分のためにできることは何もありません。ですから、神が私たちのために大いなるみわざをなされました。ひとり子イエスを私たちのもとに遣わし、私たちの代わりに十字架に差し出されました。神ご自身が私たちの罪を赦すために死なれたのです。とてつもない恵みです。そして、よみがえり、罪の代価である死に打ち勝ち、永遠のいのちを与えてくださいました。それゆえ、私たちは「ただ恵みによって」(Sola Gratia)救われるのです。

なぜただ恵みによってなのか
私は、神の立場になって考えてみました。人間を救うために、すべての人に求められる正義の物差しで、外に現れた善行と悪行、内に隠れた善意と悪意をすべて計量化し、足し算と引き算をして最終点数を出してカットラインを決めようと思うと、さあ大変です。
100点満点でよく合格最低ラインとされる60点で考えてみました。すると、私の知り合い、私の愛する人々の中で、残念なことに59点の人々が見えました。1点のために悔しがる人がとても多いと思ったので59点を基準にすると、58点で地獄に落ちるかわいそうな人々が目にちらついて、これもだめでした。
こうして基準を下げすぎると、「聖さ」も「義」もなくなってしまいます。そのため、基準値を高くすると、それはそれで、また問題です。90点を基準にすると89点が泣き、95点を基準にすると94点が悲しみます。結論を下しました。功績と過失、善と悪という基準で人々を救うためには、基準を100点満点にするしかありません。原則はこれしかありません。そうすれば、本当の正義になります。「律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、のろわれる」(ガラ 3:10)。「律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです」(ヤコ 2:10)。しかし、このような基準にすると、だれひとり救われる人がいませんでした。「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず」(ロマ 3:23)というみことばのとおりなら、愛する人々をどうしたらよいのでしょうか。

常識を超えた大きな恵み
正義の基準ではだめなので、恵みの方法以外にありません。ですから、人間の罪の代価を父が直接負担し、点数を得られる力の大きさに関係なく救う全幅的な恵みを宣言しました。父の財産を持って家を出ていき、悪いことにお金をつぎこんで使い果たした息子が戻ってくると、何も問いたださずに息子を受け入れただけでなく、新しい服を着せ、肥えた牛をほふり、盛大な宴会を開きました。罰を受けて当然の子どもにほうびを与えたことになります。家にいた長男が怒るほど、常識からかけ離れた恵みでした(ルカ 15:11~32)。
イエス・キリストにあって神が注がれた恵みの大きさや範囲は測ることができません。「取税人と罪人」は、神の国が臨めば必ずさばかれる人々を指します。彼らは社会からのけ者にされた人々でした。しかし、神の国を宣言して登場したイエスが、社会からのけ者にされた人々を抱き、彼らの友となられると(ルカ 7:24)、神の国を待ち望んでいた自称義人である律法学者とパリサイ人たちが怒りました。その恵みがあまりにも大きすぎて、それを恵みだと考える前に、違法で無秩序だと考えたのです。そのため、「自己義」を正義感だと考えるクリスチャンにいつも腹が立っていたパウロが、この大いなる恵みを知ってからは、全く論理的でない発言をしました。「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」(ロマ 5:20)。神の恵みが非常に大きいため、その恵みで覆えない罪はないと悟ったのです。

恵みの賜物を受けるためには
信仰は、博士課程を経て習得するような複雑な認識力ではなく、長い間道を究めて得るすぐれた精神力でもありません。信仰は、イエス・キリストにあって神が私たちのために「完了」(ヨハ 19:30参照)された救いの賜物を「ありがとうございます」と告白して受け取るために差し出す「手」です。賜物は、手を出して受け取らなければ、自分のものにはなりません。
「ところが、その聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、それを聞いた人たちに、信仰によって、結びつけられなかったからです。信じた私たちは安息に入るのです」(ヘブ 4:2~3)。賜物に「信仰」を加えると、それが無償で自分のものになります。「ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです」(ロマ 3:24、イザ 55:1参照)。「私は福音を恥とは思いません。福音は……信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。『義人は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです」(ロマ 1:16~17)。
神は、私たちをこのように恵みによって救われます。救いは賜物なのです。賜物を受けるのに必要なものはありません。財布を開いてお金を払う必要もありません。ただ受け取ればよいのです。恵みの賜物を受け取るために従順の心で差し出す手が、信仰なのです。

信仰を誤解してはなりません。
「信仰」と「信念」は区別されなければなりません。
信仰は恵みと、信念は自分の力とつながっています。

信仰は、神がイエス・キリストにあって
私たちのために「完了」された救いの賜物を
感謝をもって受け取るために差し出す手です。

今後のテーマ
4月 信仰とは何か
5月 聖書と解釈
6月 キリストのからだ(教会)

 

     2019å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2019å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2019å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2019å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ