マタイの福音書の恵み 86

   水の上だけでなく天も歩きなさい① [ マタイの福音書14章22~33節 ]
 
オンヌリ教会 前主任牧師 故 ハ・ヨンジョ

それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、
自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた(マタ 14:22)。


政治的なメシヤを夢見た群衆たち
5つのパンと2匹の魚で5千人を満腹にされた後すぐ、イエス様は弟子たちを舟に乗り込ませて送り出します。そして、そこに集まっていた群衆を帰らせました。
「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた」(マタ 14:22)。
このみことばから、私たちはある特別な状況が起きていることがわかります。5つのパンと2匹の魚の奇蹟が起こりました。5千人が食べても12かご分が残りました。それなのに、イエス様はなぜ弟子たちを急いで送り出されたのでしょうか。なぜ集まっている群衆をすぐに帰らせたのでしょうか。
それは、危機が迫っていたからです。イエス様を迫害し、殺そうとする勢力が現れるというような危機ではなく、5つのパンと2匹の魚で満腹に食べた群衆が、イエス様を王にしようとする危機が生じたのです。
ヨハネの福音書6章を見ると、もう少し具体的に記されています。
「人々は、イエスのなさったしるしを見て、『まことに、この方こそ、世に来られるはずの預言者だ』と言った。そこで、イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた」(ヨハ 6:14~15)。
イエス・キリストを彼らの政治的なメシヤとして、世の王にしようという、革命的な動きが群衆の中に起きたのです。彼らは、食べることも難しいときに、5つのパンと2匹の魚によって5千人を満腹にさせることのできるこの方を自分たちの王とすれば、明らかに変化が起こるだろうと考えたのでしょう。
今の世は、民衆を偉大な歴史のテーマとすることが流行っています。この5千人の群衆は、現代の用語では“民衆”なのです。しかし、彼らは、愚かにもイエス・キリストを誤解していました。そして、奇蹟を体験した者たちが、後にはイエス様を殺す張本人になります。これが、民衆の実像と虚像です。しかし、多くの人々は、この虚像を握って民衆革命を起こそうという考えを持っています。
次に、この聖書個所から、イエス様が民衆を愛されたことがわかります。金持ちの側にいるよりは貧しい者の側におられ、疎外された者の側におられました。彼らとともに食べ、彼らとともに寝られました。そして、特に彼らの心をいつも顧みられました。イエス様は、いつも遊女や取税人や疎外された階層の人たちに愛情を持っておられました。
しかし驚いたことに、イエス様は、一度も民衆が願うとおりには動かれませんでした。イエス様の説教を聞こうと多くの人々が押し寄せてくると、イエス様は彼らを慰め、恵みを施しましたが、彼らの思いどおりに引っ張られていくことはありませんでした。イエス様は、群衆が自分を王や政治的なメシヤにしようとしていることをご存じだったので、弟子たちを送り出されたのです。すぐに興奮する弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、民衆よりも先に送り出されたのです。その後に、群衆を説得して静かに解散させられました。

危機の前でささげる祈り
きょうの個所から、もう一つイエス様の新たな姿を目にします。イエス様は、弟子たちと群衆を解散させたあと、ひとりで山に上って祈られました。
「群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた」(マタ 14:23)。
群衆を帰らせ、人気を拒み、民衆革命を拒み、イエス様は山に上って祈られました。
イエス様は、危機が迫るたびに祈られました。イエス様は、祈られる方です。30年間、準備された後、公式的に神の国の働きを始められるとき、イエス様は荒野に行かれ、40日間、断食して祈られました。十字架を負う時が近づいたとき、イエス様は人間的には十字架を負いたいという心はありませんでした。「主よ、この十字架をどうしても負わなければなりませんか」と祈られました。危機が迫ったとき、サタンと戦う危機ではなく、自分自身と戦わなければならない危機が迫ったとき、イエス様はゲツセマネに行ってひざまずいて祈られました。
「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください」(マタ 26:39)。
イエス様は、最も大きな問題は自分自身であるということをご存じでした。だからこそ、イエス様はひざまずいて祈られたのです。人間にではなく神様に訴え、人の数や民衆の勢力に頼らず、神のご計画の実現と摂理に拠り頼まれたのが、主の姿でした。
ここに、私たちが学ぶべき姿があります。それは、忙しく仕事が多いときほど、さらに祈らなければならないということです。仕事に追われるときほど、静かな時間を持たなければなりません。大勢の群衆や人気の中にいてはなりません。人々のいる場所を離れ、ひざまずいて神様に祈らなければなりません。結婚の準備をしている人も、断食して祈らなければなりません。新しい仕事を始めようとしている人がいますか。人生の重要な局面にぶつかっている人がいますか。あわてないでください。人を追わないでください。ひざまずいて祈ってください。祈れないときは、断食しなければなりません。イエス様は朝早く祈られました。朝、それも明け方に祈ったと聖書には記されています。また、夜が明けるまで、つまり夜を徹して祈られました。ひとりで祈ることが難しければ、弟子たちと一緒に心を合わせて祈られました。それが、イエス・キリストです。

祝福と苦難が対で現れる人生
次に考えてみることは、先に去った弟子たちがどうなったかということです。
「しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた」(マタ 14:24~25)。
イエス様が言われたとおり、弟子たちは舟に乗り、その場を離れました。向こう岸に行くために陸から何キロメートルも離れたところで、突風が起こりました。これは、地中海に見られる独特の現象ですが、激しい波を起こす強風のために、視野が悪く、いくら漕いでも前に進めないような深刻な状況でした。
弟子たちが陸を離れたのは、夕方でした。ところが、夜中の三時ごろまで波に悩まされていたということから、弟子たちがどれほど苦労していたかを察することができます。おそらく、彼らは疲れ果てていたことでしょう。死ぬかもしれないという恐れもあったことでしょう。ここに、実に対照的な姿が見られます。ほんの数時間前には、5千人が食べても残るほどの奇蹟を体験した弟子たちが、その後すぐに死の危機にさらされているのです。
このように、祝福と苦難は対で現れます。聖霊の火のバプテスマを受け、奇蹟を体験し、病がいやされ、死んだ人が生き返るような驚くべき聖霊のみわざを体験する人がいますが、すぐその後に死ぬような経験をすることもあるのです。恵みを受けて喜んでいたのに、次の瞬間に正反対の経験をするのです。これが、クリスチャンの経験する祝福と苦難の二つのテーマです。これが私たちの人生の一端なのです。すべてがうまくいき、平安だったのに、ある日、思いもしなかった嵐に襲われ、動けなくなるという経験をするのです。さまざまな感情が一気に交差する瞬間です。
危機に襲われるとき、私たちは主がおられないかのように感じるものです。あるいは、おられるとしても、まるで眠っておられるのではないかと感じます。「神様、どうしてこんなことが起こるのですか。なぜ私がこんな目にあわなければならないのですか」と途方に暮れるのです。
(来月号につづく)

 

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