ä¸–界にひろがるキリストの愛

   è´–いの観点から見た 神の天地創造
 
西川口教会 牧師 斎藤信一郎


多くの宗教が「人はいかに生きるべきか」というテーマを中心にしているのに対し、聖書は終始一貫して「人はいかに神と共に生きるべきか」というテーマで書かれています。そもそも本当にこの世界を創造された神などいるのだろうかと疑い、どの神を信じればいいのか分からなくなった人類に向けて、神は途方もないご計画を立て、人類救済のためのそのご計画を、今日まで継続しておられます。
その中で特に重要な役割を果たしているのが、人々に霊感を送り、神がその執筆と編纂に全責任を負っておられる、神のことばである聖書です。今から2千年以上前の紀元前の時代に旧約聖書は完成していますが、その内容は新約聖書と合わせて読むとき、人類に対する神のご計画が明確になるように構成されています。しかも、聖書の最初の書である創世記の冒頭数ページに、聖書全体の最重要テーマである神の人類救済のご計画が示されているのです。通常、目次では筆者の執筆動機や目的が語られます。その目次の役割を創世記の最初の数章が見事に果たしているのです。では、創世記第3章までの内容を見ていきましょう。

第1章 神とはどのようなお方なのか
他の書籍とは違い、聖書の最初の出だしは「初めに、神が天と地を創造した」です。ここに、だれがこの世界および天の世界を創造されたかが明確に示されています。つまり、この世界も霊の世界も神が創造され、全責任を負っておられるというのです。
2節には生命が地球に宿る前の姿が描かれています。そこは一面水で覆われ、何らかの理由で海面までは光が遮られていて届かない、全面暗やみに包まれた世界だったことが語られます。しかも、その面に神の霊が動いていたという表現は、神が地球のはるか彼方から語られるのではなく、人間と同じ目線(高さ)におられて、これから起こる出来事が語られるということが示唆されています。
第1日目の出来事は、あらゆる生物にとって必要不可欠となる適度な太陽光が地上に届き始めるというイベントです。それまでは常に地上はやみに包まれていたので、地上では時間の概念が存在しませんでした。この太陽光が地上に届くようになった時から、1日という概念や、昼と夜という概念が存在するようになりました。聖書が語る通りです。
以降、第2日の地球史上特筆すべきイベントは、太陽光の影響で海水が蒸発して雲が形成され、大気の循環がより活発になり、雨が降って大気を浄化していったことです。第3日には陸地が登場し、また様々な植物の登場により、あらゆる生き物の生存に必要な酸素と水の浄化が飛躍的に進んでいく様子が語られます。こうして第4日になって地上の自然環境が整い、空気も澄み渡り、昼は太陽が、夜は月や星がきれいに見えるようになったことが語られます。いよいよ地上に生物が登場する環境が整ったのです。
こうして第5日のイベントとして、海の生物や空を飛ぶ生き物が創造され、第6日目に動物や人間が創造されたことが語られます。現代科学でようやく解明されつつある、はるか昔の地球の出来事を、紀元前に書かれた書物がこれほど適格に表現することができたのは、天地創造の神が聖書を書かれたということの証明ではないでしょうか。
この聖書の最初の章は、地球がどのようにして生き物を豊かに宿すようになったのかということ以外に、創造主である神がテレビに登場する魔法使いのように杖を回して一瞬にして奇蹟を起こされたのではなく、一日一日丁寧に、順を追って、計画的に世界を創造された様子が語られています。注意して読むなら、イベントごとに「神はそれを見て良しとされた」ということばが記されていることにお気づきになることでしょう。第1章最後には、「神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった」とあり、最後までご自分の創造のわざを丁寧に点検された神の、満足のいく出来事であったことが語られているのです。
これらはすべて、神の口から発せられることばによって実現したと聖書は証言します。神のことばには力といのちが宿っているのです。神は天地創造の神であり、ことばにいのちを宿した神であり、あらゆる生物に生きる使命を与え、聖別(区別)し祝福される神であり、創造物に責任を持たれる神です。これらは聖書を通して一貫している真理です。

第2章 人間にとって真の幸福とは
第2章は、冒頭で神が休まれ、第7日を聖別して、6日間を振り返り、評価し、すべてのわざを喜ぶ時を大切にされたことが語られています。その後の人類に模範となる生活習慣が示されているのです。
次に聖書は、視点を神から人間に移します。4節で「神である主が地と天を造られたとき」と天地の順番を逆にしていることがそれを示唆しています。第1章との内容に整合性が取れていないのも、そのせいだと考えられます。視点が神から人間に移行したからです。出だしの表現は、この世界が未完成だったことが表現されています。
そして、7節で最初の人間アダムが土のちりで創造されたとあります。注意すべき点は、神がいのちの息を鼻の中に吹き入れられたとき、初めて人が「生きものとなった」という点です。神のいのちの息のことを、聖霊とも言いますが、神の霊が宿り続けてこそ、私たちは真に人間でありうるということでしょう。興味深いことに、その後、神はアダムのために様々な生き物を創造し、神が天地創造の時に名を付けていかれたように、アダムにもその使命を与え、神が創造した生き物たちの存在価値を見極めさせるかのように名を付けさせていかれます。しかし、アダムを真に満足させる存在はその中にはいませんでした。
そこで神が用いられた方法は、完全体であったアダムを深い眠りにつかせ、アダムにとって必要不可欠なあばら骨の一部を用いて、相方の女性を創造するというものでした。中東の世界では、今日でもあらば骨は、人間のたましいが宿る不可欠の部分だと考えられているようです。そのような重要な部分を失ったアダムは、以前よりも不完全になったと見ることができます。しかし、その女性が彼のもとに連れて来られた時、アダムはそれまで見せたことのない喜びを表現しています。人が真に満足し、幸福になる条件とは、実は完璧な人間になることではなく、互いに相手を必要とし、支え合う信頼関係が存在することだと示されます。
最後の25節にも重要なテーマが語られています。「人とその妻は、ふたりとも裸であったが、互いに恥ずかしいと思わなかった。」これは、罪を犯す前のアダムとエバは、互いに何も隠し立てする必要がなかったことを現しています。互いの欠けたところを補い合い、認め合い、大切にし合える関係、それが、神が創造された人間のあるべき姿であることが示されます。

第3章 罪と神の救いについて
第3章は、悪魔を象徴する蛇が、アダムとエバをそそのかして神のことばを信じないようにさせ、その教えに背くように誘惑する場面から始まります。神のおきては単純で、2章ですでに登場するエデンの園の中央にある善悪を知る木の実だけは食べてはならないというものでした。それは死をもたらすものであると、神は事前に警告されました。
なぜ、そのような危険な木がエデンの園の中央に置かれていたのでしょうか。初めからエデンの園の片隅や園の外にあればと考える人がいるかもしれません。しかし、それは神の教えに従って忠実に生き、幸福であり続けるために、必要不可欠な存在だったのです。けれども、人間がその幸せを真に喜ぶためには、自由意志によって神の教えに従い続けることを選び取る必要があるということが示されています。
残念ながら、アダムとエバは蛇の誘惑に負け、神の教えに背いて罪を犯し、精神的にも神から果てしなく遠ざかってしまいました。神が彼らのところに近づいて来られた時、アダムは罪を告白する代わりに、「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです」と妻のせいにし、神のせいにしたのです。エバも同様に蛇のせいにしました。もはや神の御前に堂々と出ることができないばかりか、神から遠ざかり、急速に罪のために心もゆがんできていることが明らかにされています。
これに対する神の対応はどうだったのでしょうか。本来ならば、彼らが罪を犯している現場を押さえて、彼らを文句なしの有罪にすることもできたはずです。しかし、聖書が証言しているのは、神があえて時間を置き、そよ風の吹く頃、つまり夕暮れ時まで彼らをそっとしておいたことです。しかも、まず神が近づいて来られる足音を最初に聞かせて、彼らに神と向き合うための心の準備と罪を自覚する時間を与えておられます。
そんな彼らに神が投げかけられた第一声にも注目しましょう。「あなたは、どこにいるのか」(9節)。これは、神が彼らの居場所を知らなかったという意味ではなく、むしろ、彼らがどれだけ間違った方向、つまり神から遠ざかる滅びへと向かっているかを自覚させることばだと考えられます。これは、全人類が傾聴すべきことばではないでしょうか。
次に神は、どうしてこのような状態になったのか、罪を断罪せずにアダムに事実確認をし、また謝罪する猶予を与えておられます。残念ながらアダムは、言い訳ばかりで神のこのご配慮に気づく様子はありません。その後、神はそれぞれにふさわしい罪のさばきを与えます。それによりアダムたちはエデンの園から追放されます。
しかし神は、罪をそのままにして置かれる方ではありません。一方で、神は自ら大切な動物を殺してアダムたちに毛皮の服を着せられます。これにより、彼らは神の犠牲的な愛と、自分の犯した罪に対する戒めを受けたのです。これはやがて全人類のために罪の贖いの死を遂げられる神のひとり子イエス・キリストを指し示しています。
最後に、エデンの園へ帰る道が備えられていることが示されています。それはイエス・キリスト(道)と神のことばである聖書(ケルビム)と聖霊または教会(炎の剣)だと示されます。これらは、人類への神の贖いの福音にほかならないのです。ハレルヤ!

* 詳しくは、CGNTVセミナー『目からウロコの創世記』をご参照下さい。


斎藤信一郎
1963年生まれ。牧師の家庭に育ち、生命保険会社勤務、西南学院大学神学部を経て、牧師になる。1996年より今日まで、新小岩バプテスト教会(東京)、平針教会(名古屋)、西川口教会(埼玉)を歴任。1999年、アメリカ・アラバマ州レイクビュー教会に1年留学。

 

     2019å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2019å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2019å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2019å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2018å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2017å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2016å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2015å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2014å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2013å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2012å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2011å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2010å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 12月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 11月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 10月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 09月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 08月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 07月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 06月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 05月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 04月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 03月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 02月    ãƒªãƒ“ングライフ
     2009å¹´ 01月    ãƒªãƒ“ングライフ