ä¸–界にひろがるキリストの愛

   MOTTAINAI・もったいない
 
グレース宣教会牧師 岩橋竜介


世界のさまざまな国を訪問する機会が与えられ、その国々の文化や言葉に触れることが多いのですが、時には聞き覚えのある言葉に出くわします。「KOBAN」は交番のことで、そのまま使われていました。「ANIME」はアニメ。「KARAOKE」はカラオケ。あの恐ろしい津波も「TSUNAMI」としてそのまま用いられています。
それらに加えて、もう一つ、今、世界で共通の言葉になろうとしている日本語があります。ご存じですか。それは「MOTTAINAI」、そう「もったいない」というおなじみの言葉です。子どもの頃、食事をしている時にご飯粒をお茶碗にほんの少しでも残していると、父に「ちゃんとご飯粒を残さず食べなさい。もったいない」といって叱られたのを思い出します。また、もう古くなって「捨ててもいいのに」と思うような服を、「もったいない」と言って仕立て直して使い続けていた母の姿も思い出します。
実は2004年にアフリカの女性としては初めてノーベル平和賞を受賞されたケニアの環境副大臣、ワンガリ・マータイさんは、その翌年来日された際に、この言葉と出会いました。アフリカのみならず、世界の環境問題を考えるときに、彼女は「環境3R+RESPCT」、つまり、リデュース(ゴミの削減)・リユーズ(再利用)・リサイクル(再資源化)という環境問題の3つのRに加えて、神様が創造された素晴らしい地球の資源に対する尊敬の念を込めてリスペクトすることが大切だというのですが、これらのすべてを表す言葉が日本語の「もったいない」という言葉であると言われ、それに込められた深い意味に感動し、そのままの発音で「もったいない」を世界の共通語にするよう国連で提唱したのです。実際に南アフリカやケニアを訪問した際にもこの言葉が使われており、資源を無駄にしないで利用する循環型農業や、畜産などが行われていました。
日本人の中にある、物を大切にする心。自然に対する畏敬の念。勤労に対する感謝の心。簡単に捨てるには忍びないという思い。それらが「もったいない」という一言の中に含まれており、この言葉だけではなく、その気持ちや心、そこから生まれるライフスタイルを大切にしようという運動が世界に広がっているのです。外国人の口から「MOTTAINAI」という聞き覚えのある言葉を耳にした時、少し誇らしい思いになりました。
一方で、何がもったいないかは、人によって意見が分かれます。わが家でも私と家内との「もったいない」ものの基準は違います。私が捨ててもいいと思うようなものを、家内は使えると言ってしまっておきます。年代の違いもあり、熟年の方々と青少年の間でも意見は違ってくるでしょうし、国によっても違いがあると思います。
以前、フィリピンの方々が日本に来られ、集会の会場に向かう途中、街の中を通っていた時のことでした。その当時はまだ、粗大ゴミの日に、古くなったテレビや壊れたラジカセなどが道端に捨てられていた時でした。私たちにとっては捨てられている粗大ゴミなのですが、その方々は「車を止めてください」と言い、今にも車から降りてそれらの捨てられるべき粗大ゴミを拾おうとされたのです。まさにそこに「もったいない」という思いがあったのです。
その時にはわからなかったのですが、実際私がフィリピンのゴミの山の地域を訪問した際にようやくわかりました。そこで生活している人々は、もっとひどい粗大ゴミでも、宝のように大切に持ち帰り、きれいに掃除し、修理して使えるようにしていたのです。そういう生活を知っている人々にとっては、日本の道端に置かれていたテレビやラジカセなどは、粗大ゴミではなく、まさに宝だったに違いありません。私にはゴミとしか見えないものも、あの方々にはかけがえのない宝だったのです。
このような体験をするうちに考えさせられたことは、実はこれは粗大ゴミの話だけではなく、私たち自身のことでもあるということです。私たちが、よく自分を見つめて考える時に、さまざまな「ゴミ」があります。それは罪というゴミです。あなたや私の心を汚していくだけではなく、その人の生活や人間関係、さらには人生そのものさえ汚し、傷つけてしまう罪が、私たちのうちにあります。人にはわからないかもしれません。しかし、心の中のどこかに、消そう、やめようと思っても捨てきれない悪があります。そして、聖書の中で神様が言われるように、罪は必ずさばかれ、罰せられます。人はごまかせても、神様はごまかせません。「罪からくる報酬は死です」。永遠の地獄という人生の究極のゴミ処理場に投げ込まれることになるのです。それが罪ある私たちの姿でした。
しかし、神様はそんな私たちを見て「いらない。捨ててしまおう」と言われるのではなく、こんな私やあなたを見て「いや、捨てるには惜しい。もったいない」と語ってくださったのです。罪だらけの私たちを見てもなお、そう語ってくださり、救おうとしてくださったのです。それほど神様は私たちを愛していてくださるのです。
旧約聖書の中に、この「もったいない」がよく表されている個所があります。それはヨナ書です。預言者ヨナは神様に「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ」(ヨナ 1:1)と告げられました。しかし、ヨナはそのことばには従わずに、タルシシュに逃れようとしました。実は、ヨナにとってニネベの人々は、憎き人々であり、滅びて当然だと言えるような人々でした。それで、神様がそんなニネベの人々をも救おうとされたとき、ヨナは烈火のごとく怒ったのです。
その後、ヨナは、渋々方向転換をしてニネベに向かい、神が告げよと仰せられたメッセージを伝えるのですが、彼の心はまだ複雑なままでした。驚いたことに、神様はそんなヨナにさえあわれみをもって接してくださり、灼熱の太陽が照りつける彼の頭上に、とうごまを生やしてくださり、彼を守って支えてくださいました。しかし、そのとうごまが枯れたとき、ヨナの怒りは頂点に達し、死を願い、「私が死ぬほど怒るのは当然のことです」(ヨナ 4:9)と神様に訴えます。ヨナは、このとうごまを植えたわけでもなく、育てたわけでもありませんでした。神様がヨナをあわれみ、恵みとしてお与えくださったものでした。しかし、そんな神様の心を受け止めることができなかったヨナは、枯れてしまったとうごまを「もったいない」ものとして惜しんだのです。
そんなヨナに、神様はこのように語られました。「あなたは、自分で骨折らず、育てもせず、一夜で生え、一夜で滅びたこのとうごまを惜しんでいる。まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか。そこには、右も左もわきまえない十二万以上の人間と、数多くの家畜とがいるではないか」(ヨナ 4:10~11)。
ヨナの見る目と神様の見る目は違っていました。ヨナにとってはニネベの人々よりも、自分を心地よくしてくれていたとうごまのほうがもったいなかったのです。しかし、愛とあわれみの神様は、ニネベの人さえも、滅ぼすには「もったいない」大切な人々だと考えておられました。もっと言うならば、神様は、自分に背いて逃げ出し、悔い改めた後でさえも、まだ神様の心を受け止めないで、自分中心にしか考えることのできなかったヨナさえも「さばいて滅ぼすにはもったいない」と思われ、愛とあわれみを示し続けてくださいました。
これが神様の愛です。驚くことは、ニネベの人々やヨナに対してだけではなく、こんな私やあなたのことを「もったいない」と言ってくださった方が、ひとり子イエス・キリストを惜しまずに与えてくださいました。イエス・キリストが十字架にかかったのは、私たちの罪を赦すため、身代わりになるためでした。神様はひとり子さえも惜しまずに与えるほどに愛してくださいました。本当はイエス・キリストこそ「もったいない」方であるはずです。しかし、神様は私たちの代わりに、この方を見捨ててくださいました。十字架の上で、イエス・キリストは「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫びました。父なる神に見捨てられた御子、それは私たちを「捨てるにはもったいない」と考えてくださった、神様の絶大な愛のゆえであるのです。
私たちの罪の身代わりに十字架で死んでよみがえってくださったイエス様を救い主として信じることによって、私たちは救われました。本当は永遠の地獄に行くべき存在であった私たちが救われたのです。「捨てる(滅びる)にはもったいない」と、私たちを宝のように抱いてくださる神様の愛を受け取ることができたのです。
環境問題よりもさらに深刻な人の罪の問題。どれほど地球環境の大切さを訴えて「MOTTAINAI、もったいない」と叫んでも、その人々のいのち・たましいが滅びてしまうならば、それこそ取り返しのつかないことになってしまいます。ワンガリ・マータイさんが始めた「MOTTAINAI」運動。これが世界に広がって環境問題を解決している中で、神様の「MOTTAINAI」によって、ひとり子イエス・キリストを信じて救われる素晴らしい福音を知り、体験した私たちが、世界に出て行って、滅びゆく人々に神様の素晴らしい愛を伝えていく番ではないでしょうか。捨てるには忍びない、このまま滅ぶにはもったいない、かけがえのない人々が、世界におられます。いや、私たちの周りにいます。まず、自分の周りから、そして世界の人々に、この神様の素晴らしい愛を伝えていきましょう。


岩橋竜介(いわはし りょうすけ)
1965年、大阪府八尾市生まれ。小学校の時、引越し先でグレース宣教会に通うようになり、中学三年の時、イエス・キリストを救い主と信じ救われる。大学卒業後、米国シカゴのトリニティー国際大学大学院で宗教教育を学ぶ。帰国後、グレース宣教会の牧師として奉職し、現在に至る。2010年より日本国際飢餓対策機構の理事長として、世界の物心両面の飢餓をなくすために活動している。

 

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