私は日本で伝道をしている宣教師です。これまで伝道した人々の中で、特に心に残っている人が2人います。ひとりはつき合ってる人がエホバの証人の信者で、自分もエホバの証人に興味があると言う男性(以下Dさん)、もうひとりは、子どものころクリスチャンの施設で育ち、福音には触れながらも、真の神様には出会えなくて神の愛がわからないと言う女性(以下Wさん)です。 ある日、Dさんとの交わりを快く思っていなかったDさんの彼女の反対により、Dさんと連絡が取れなくなってしまいました。幸い、彼に会えなくなる前にきちんと福音を伝え、エホバの証人とキリスト教の違いを説明していました。 私が日本に来て10年になった日の朝のことです。その日のQTのみことばは、ルカの福音書11:9からでした。私は13節の「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう」という個所が心に留まり、神は私が願うならば、私に一番良いものを与えてくださると確信し、主に祈りました。「きょうは日本に来て10年になります。私にプレゼントをください。」そして、その日も伝道に出かけました。いつものように町で伝道しようとすると、向こうからDさんが歩いて来るではありませんか。私はあいさつをして、元気にしているとの近況を聞き、とても安心しました。彼のためにずっと祈ってきたので、心から喜びが湧いてきました。その後、これが神様からのプレゼントであることに気づきました。 Wさんとは、伝道してからも、家に招いたり交わりをしたりしながら、とても親しくなりましたが、残念なことに、彼女の引っ越しや仕事の都合などで会えなくなってしまいました。そんなある日、Wさんも伝道の道で見かける機会がありました。彼女は彼氏といたので声はかけませんでしたが、彼女の笑顔を見ながらいつか神の愛を知る日が来るようにと切に祈りました。 それから今まで2人に会っていません。しかし、神様は私の心に彼らのために祈る思いを与えてくださいました。また、子どものような小さな祈りさえも神様は聞いてくださることを再度経験しました。伝道するといろいろな人に会えますが、私にとってこの2人は今でも心を尽くして祈っている人たちです。
金銀植 Ι 宣教師(YWAM OSAKA)
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