ウォン・ヨング ● アニャン大学名誉教授、韓国聖書考古学会創立者、聖書考古学・旧約神学教授
神は、エレミヤを通してユダが四つの罪のゆえに滅びると預言されました。その四つの罪とは、主への背きの罪、神への不従順の罪、偶像礼拝の罪、そして異邦人にならった汚れた行いの罪です。エレミヤの預言どおり、ユダは新バビロンの王ネブカデネザル2世による三度の侵略(BC 605年、597年、586年)で滅び、民はバビロンによって悲惨な捕囚生活を送るようになります(エレミヤ書、エゼキエル書、ダニエル書参照)。その悲劇と苦しみは、エステル記やダニエル書に記されています。 イスラエルの滅亡と捕囚は、主から離れた罪に対する神の怒りと懲らしめでしたが、一方では「残りの者」に対する警告と訓練でもありました(申 8:5、Ⅱサム 7:14、箴 13:24;19:18;23:13参照)。すなわち、イスラエルへの神の懲らしめは、まるで鷲が自分の子を訓練するようなもので、自分の民を大きく、正しく育てるための神のご計画でした(申 32:10~12、へブ 12:5~13)。神がその懲らしめのむちとくつわ(箴 26:3)として用いた国が、北イスラエルにはアッシリア、南ユダにはバビロンです(エレ 50:17)。
霊的眠りとこれを覚ます警告(5~6章) イスラエルが敵に侵略されて滅ぼされる前、神は預言者イザヤを通して、悔い改めて主に立ち返らなければ、70年間荒廃が続くと警告されました(イザ 23:15)。イザヤだけでなくエレミヤによっても警告が続きます(Ⅱ歴 36:21、エレ 25:11~12;29:10、ダニ 9:2)。この預言はそのまま現実となりました(詩 137:1~7)。 イスラエルの民が最初に捕囚として連れて行かれたのがBC 605年、そして第一次帰還が538年です。この時、ゼルバベルやヨシュアなどと共に4万人以上の人々がエルサレムに戻り、神殿再建を始めましたが(BC 536年)、周りの勢力の妨げによって中断され、彼らはそれぞれ自分たちの地域に散って行きました(4章)。その後、神は預言者ハガイとゼカリヤを通して神殿再建を促され、これを受けたイスラエルの民は奮い立って再び神殿建築を開始し(BC 520年頃)、ついにBC 516年に完成します(5~6章)。神殿の完成後、イスラエル民族は神殿の奉献式を行い、神に罪のためのいけにえをささげ、過越の祭りを守りました。
信仰の回復と真理の強化(7~10節) アルタシャスタ1世(BC 464~424年)の時代、大祭司アロンの子孫(7:5)で、律法学者のエズラと共に、イスラエル民族は第二次帰還を遂げます。エズラはネブカデネザル王がエルサレムの神殿から持ち運んでバビロンに置いた器具などを取り戻し、民と共にエルサレムに向かいます。途中で大きな危険や苦難に会いましたが、神の守りにより無事に帰還します(BC 458年)。 神はエルサレムや各地に散ったイスラエル民族を集め、「天の神の律法の学者である祭司エズラ」(7:12)によって彼らを教育するようにされました(7:10)。彼は、再び世俗化して罪を犯した(9:1~2)民を悔い改めさせ、その罪を断ち切るようにさせます。これは、政治的、人間的、物質的なこと以前に、絶対に必要な霊的生活を回復し、聖霊によって聖く生きるようにされる神の御心です。これは一言で霊的改革と言えます。この改革を通して、エズラの時代は回復と栄光の黄金時代を築いていきます。
エズラの時代の回復と栄光を与えてください エズラの時代の回復と栄光の黄金時代の精神は、新約のイエスや使徒の時代のみならず、宗教改革の時代にも大きな影響を与えました。特に、ローマ・カトリックなどの教会が腐敗していた中世の時代には、神はルターによってまことの信仰と真理の中で宗教改革の灯火を掲げさせ、カルヴァンを通して「聖書に立ち返れ!」という旗を掲げさせます。彼は「まず何よりも神のみことばである聖書が絶対的であり、まことのいのちと救いを得る道である」と言い、聖書が万民のいのちと救いの道であると教えます。このような回復と栄光の黄金時代の精神を持った信仰の先人たちの覚醒と改革を通して、宗教の暗黒期がまばゆい光を受け、新たな時代を迎えます。 しかし、宗教改革以後500年になる今、教会は再び暗黒の退廃と堕落の泥沼に深くはまりつつあります。今こそ第2のエズラのような人が求められる時です。神がエズラ記を通してこう語っておられるようです。「あなたが、再びこの時代の教会を回復と栄光の黄金時代とし、家庭や社会、国家や世界を立て上げなさい!」エズラ記を通して、その御声にさらに耳を傾けましょう。
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