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十字架から地の果てに向かう福音
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奇跡のテノール ベー・チェチョルを通して、 神様がなさろうとしているご計画 |
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ヴォイス・ファクトリイ代表 輪嶋東太郎
テノール歌手ベー・チェチョル。彼のことは本誌の読者のほとんどが、一度はお聞きになったことがあるのではないかと思います。2005年までヨーロッパのオペラ界で、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していたべーさん。そんなさなか、突然甲状腺がんの宣告を受け、その摘出手術で人間が声を発するために必要な全ての神経を切断、一度は完全に声を失いました。しかし再び声楽家としてカムバックを果たすという、これまでの常識ではありえない奇蹟を体現した人です。私は、2003年に彼を初めて日本に招聘しました。当時日本では全くその存在を知られていなかった彼でしたが、あまりの素晴らしさに、「この人と一生仕事をしたい」という衝動に駆られ、最初は仕事のパートナーとして、今日まで続く私たちの歩みが始まりました。 病気に倒れる前、自信に充ち溢れる彼の姿は舞台上で燦然と輝いていました。そこから一転して絶望と暗闇の中をさまよう日々。そして世界で初めての挑戦となる声帯機能回復手術を引き受けて下さった一色信彦京都大学名誉教授との出会い(私は手術にも立ち会いました)。その後の医学的常識を超えるカムバックから今日に至るまで、私は常に彼と共にありました。そしてその過程で神様の御業としか考えられない多くの導きを目の当たりにしてきたのです。 にもかかわらず、去年の復活祭に洗礼を受けるまで、自分が大のクリスチャンアレルギー(!)だったことを、いま懐かしく思い出しています。 それまでの私は「クリスチャンの人々が崇める神だけが神ではない」、そう思い、各地の神社仏閣にもまめに参拝し、先祖の墓を大切にする、一般的に言う典型的な「信仰深い人」でした。そんな私ですから、べーさんが声を失った時「彼はクリスチャンで、先祖供養をしてないからこんなことになったんだ」とまで思ったものです。 しかし、2年前のちょうど今頃、私は神様から大きな試練を頂きました。この地球上に、当時の私の置かれた状況を解決する道など、一つも見当たりませんでした。具体的な状況は違うものの、べーさんが命ほど大切な声を失って初めて本当の意味で神様に出会ったのと全く同じ道を、私自身もたどることとなったのです。無意識のうちに命を絶ちそうになるほどの絶望の真っただ中で、私はハ・ヨンジョ先生の書かれた一冊の本を手にします。それはべーさんがラブ・ソナタに参加した時に同行した際に頂いたものでした。しかしそれ以来ずっと本棚で埃をかぶったままになっていたあの本を、なぜ手にしたのか、今も不思議でなりません。乾いた大地に、慈愛の雨が降り注ぐように、聖書の御言葉が私の魂に入ってくるのを感じました。それは生まれて初めて感じる感覚でした。絶対的な愛に包まれるような平安としか表現できないものです。「神様におできにならないことはない。私はこれまでベーさんを通してそれを見てきたはずなのに、私の目には見えていなかったんだ…。」とめどなく流れる涙の中でそう感じた瞬間、私は完全に生まれ変わったのかもしれません。 そして奇蹟は起こりました。自分を捨て、全て神様に委ねた瞬間から、まるで魔法のようにどんどんと道ができ、その状況は解決したのです。思えば、ベーさんの時も同じでした。もしも、あのまま、イエス様と出会えず、神様の愛を知らずに生きていたら…、そう考えると恐くなります。神様におできにならないことは何もない! 気がつけば、彼と歩んだ年月は10年以上になりました。その歩みを通して、あれほどのクリスチャンアレルギーであった私が神様と出会い、今では彼は私にとって人生で最も大切で尊い「友」であり、神様によって与えられた「兄弟」になりました。 べーさんと歩んだことによって、私は人生で一番会いたかった人に会えたのです。いつも一番近くで、こんな私をこれほど愛して下さっていたのに、それがわからずさまよっていた私を、神様はベーさんを通して救って下さったのです。多くの人に言われます「輪嶋さん、あなたがベーさんを救ったのです」と。でも、本当に救われたのは私のほうなのです。
映画「THE TENOR」 2008年にべーさんの舞台復帰の時に出版された自伝『奇跡の歌』(いのちのことば社フォレストブック)の最後の章で、私は「ここ数年に私たちに起こった事を振り返ると、まるで誰かによって完璧に書かれたシナリオに基づいて撮影された映画を、客席から見ているような不思議な感覚に襲われます」と記しました。そして、それが今現実のものとなり、いよいよ日本ではこの10月に全国で一斉公開されることになったのです。実は、先に述べた「大きな試み」というのは、この映画の制作の過程で私に起きたことです。一旦はべーさんの声と同様、この世から消えてしまったように見えたこの作品がこうして完成し、更にはBS-TBSさんの配給によって全国の方に見て頂く道が開かれたことを思うと、この作品を通して神様が何かを伝えようとなさっていると確信せずにはいられません。 これまで、べーさんと私は二つの車輪のようだと、多くの方に言われてきました。私が神様と出会えたことで、今初めて目的に向かって真っすぐに進むことのできる両輪になったのだと感じています。その意味で、私たちの本当の仕事は、10年の序章を経て今始まったのだと思います。私たちを出会わせて下さった神様のご計画。そのご計画が成されるために、これからも私たちは共に神様のお作り下さる道を歩き続けたいと思います。
輪嶋東太郎 音楽プロデューサー。1995年ヴォイス・ファクトリイ株式会社設立。2012年人形劇俳優たいらじょうのパレスチナ縦断公演を外務省・国際交流基金の事業として成功させる。2003年にベー・チェチョルを初めて日本に紹介。以後、日本での声帯機能回復手術から舞台復帰、そして今日まで一貫してベー・チェチョルを支え続け、共に歩んでいる。
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