聖徒の敬虔訓練⑮

   記憶(過去)と敬虔訓練
 
ホン・インジョン ● 長老会神学大学 実践神学教授


過去を振り返って回想することを記憶と言うならば、私たちは過去の解釈である記憶に影響されて生きている存在です。過去は、漢字のとおり「過ぎてしまったこと、去ってしまったこと」なので、取り戻すことはできません。過去を振り返ると、過去の出来事や関連した人物の解釈が記憶に浮かびます。「記憶」は「記録した考え」、すなわち、心に刻まれた記録です。木の年輪のように、私たちの心には人生とともに良い記憶や悪い記憶、喜ばしい記憶や悲しい記憶、胸の痛む記憶や忘れてしまいたい記憶などが刻まれ、私たちはそれに影響されています。
ヨセフの人生は、やりきれない思い、納得しがたい苦しみの連続でした。兄たちに憎まれ、奴隷として売られ、濡れ衣を着せられ、牢に入れられます。その牢で、献酌官の夢を解き明かしましたが、献酌官はヨセフのことを忘れてしまいます(創 40:23)。ヨセフは、どうしてこのようなひどい過去にしばられず、強い信仰を持って生きることができたのでしょうか。過去の記憶は、今日の私たちに絶えず影響をもたらしています。神に似せられていく敬虔訓練の道に大きな障害物となる過去もあります。今回、過去の記憶のとらえかたによって、神との関係を進歩もさせ退歩もさせることを、改めて考える機会になることを願います。

記憶される神と記憶されない神
神は記憶される方であり、私たちを造られ、決して忘れません。「・・・わたしが、あなたを造り上げた。あなたは、わたし自身のしもべだ。イスラエルよ。あなたはわたしに忘れられることがない」(イザ 44:21)。また、神は私たちの祈りとささげものを覚えておられます。異邦人であったコルネリオに現れた御使いは「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられています」(使 10:4, 31)と語ります。それだけではなく、神は民のうめきと苦しみを聞かれ、契約を思い起こされます(出 2:24~25参照)。
また一方で、神は私たちが罪を悔い改め、告白するとき、その罪を忘れてくださいます(詩 103:12参照)。神は、私たちの弱さと限界を知っておられるからです。それだけではなく、神は悪人であっても「わたしが悪者に、『あなたは必ず死ぬ』と言っても、もし彼が自分の罪を悔い改め、公義と正義とを行い、その悪者が質物を返し、かすめた物を償い、不正をせず、いのちのおきてに従って歩むなら、彼は必ず生き、死ぬことはない。彼が犯した罪は何一つ覚えられず、公義と正義とを行った彼は必ず生きる」(エゼ 33:14~16)と宣言されます。神は、悔い改めて立ち返る者の罪を覚えられず、助け生かしてくださる方です(エゼ 18:22)。

覚えるべきことと覚えてはならないこと
神の人は、生きている間、覚えるべきことがあります。「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に」(伝 12:1)とあるようにです。創造主である神を覚えるとき、人生に挫折と失望がやって来ても打ち勝つことができるというみことばです。
私たちは神に造られた被造物であることを覚えて生きなければなりません。「わたしのために造ったこの民は、わたしの栄誉を宣べ伝えよう」(イザ 43:21)。ザカリヤも、「主はわれらの父祖たちにあわれみを施し、その聖なる契約をわれらの父アブラハムに誓われた誓いを覚えて」(ルカ 1:72, 73)と賛美しています。神は私たちをあわれみ、助けてくださる方であることを覚えなければなりません。
また、神の人は過去から学ばなければなりません。旧約でイスラエルの民に言われた「遠い昔の日々を思い起こせ」というみことばは、エジプトで奴隷となっていたときのこと(申 16:12;24:22)、そして、そこから救い出してくださった神を覚えなさいという意味です。イスラエルの民が種なしパン、すなわち、苦しみのパンを食べ、過越を守るのは、彼らがエジプトで奴隷であった日々を忘れず、覚えているための命令でした(申 16:3)。ですから、彼らが過去を記憶するのは、神が救い主であられることを記憶しつつ今を生きるためです。
イエスも、覚えておくべきことを忘れる人を叱責されました。「・・・あなたがたは覚えていないのですか。わたしが五千人に五つのパンを裂いて上げたとき、パン切れを取り集めて、幾つのかごがいっぱいになりましたか。…まだ悟らないのですか」(マコ 8:18~21)。また、十戒で「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」(出 20:8)と言われています。安息日を覚えるということは、すべての行いを禁じ、特定の日を記憶せよという意味ではありません。神が六日間天地を創造され、七日目に休まれたことと、その日を聖なる祝福の日とされたことを覚えよという意味なのです(出 20:9~11)。
一方、みことばは、私たちに記憶してはならないことも教えています。「先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな」(イザ 43:18)。これは、神が新しいことを行われるという宣言のみことばです。問題は、神の民が過去のことを覚えているために、新しい夢を描くことができないということです。失敗した記憶や挫折した記憶、捨てられた記憶や苦い根となるような記憶、感情が傷ついた記憶などは忘れなければなりません。聖書は罪責感を感じたり、過去を後悔するようにとは言わず、罪を悔い改めるように言います。罪を悟り、後悔したイスカリオテのユダは、まことの悔い改めの機会を失い、人生を放棄してしまいました(マタ 27:3)。過去の過ちと罪を覚え、それによって破滅してはならないのです。レメクは「私の受けた傷のためには、ひとりの人を、私の受けた打ち傷のためには、ひとりの若者を殺した」(創 4:23)と告白しました。過去の傷の中に生きることは、自分を破壊するだけでなく、ほかの人のいのちをも奪う恐ろしい病となります。

過去の記憶との決別と和解
では、どのようにして記憶するべきことを記憶し、記憶してはならないことを忘れて生きることができるのでしょうか。それは、神の契約(約束)を覚えて祈ることです。「見よ。まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。先の事は思い出されず、心に上ることもない」(イザ 65:17)。新しいことを始められる神がおられるので、私たちは過去の心痛む記憶の中にとどまらないのです。これが私たちに対する神の約束です。
過去から自由になれる人は一人もいません。捕囚の時代、イスラエルの民はバビロンの川のほとりに座り、シオンを思って泣きました(詩 137:1)。これと同じように過去を見るなら、喜びよりもため息、切なさ、悲しみばかりを思い出すことでしょう。私たちは、神の約束を覚えて祈らなければなりません(詩 25:7参照)。
神の約束を覚えるということは、神の約束のみことばを覚えて従うことです。「あなたがたが、わたしのすべての命令を思い起こして、これを行い、あなたがたの神の聖なるものとなるためである」(民 15:40、申 30:1~5)。みことばへの従順が、罪の記憶から私たちを自由にしてくれます。
では、過去の記憶をどのように扱うべきでしょうか。心理学者ユングは、自分を受容するとは、自分の影まですべて受け入れることであると言っています。隠したい、覆っておきたい影の部分も自分であるからです。ですから、過去を認めて受け入れてください。和解すべき記憶もあれば、永遠に決別すべき記憶もあります。
決別すべき記憶と過去は、犯した罪に対して後悔し、自分を破滅させる否定的な考えと感情です。ペテロは、何があってもイエスに従うと大きなことを言いましたが、イエスを否定し、のろいさえしました。そして、鶏が鳴いたとき、イエスのことばを思い出したのです。ペテロは、一生この記憶の中で罪責感にさいなまれて生きてもおかしくはありませんでした。しかし、復活された主に出会った後、自分が犯した罪、それによる罪意識、罪に定められた自らを脱ぎ捨てることができました。サタンが過去の傷と記憶を利用して、罪に定めようとするとき、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(Ⅱコリ 5:17)と宣言してください。過去の罪に対する記憶と決別することは、一瞬にしてできません。繰り返される霊的な戦いです。一瞬一瞬、神の約束のみことばとあわれみ深い神を思い出し、それを覚えてこそ、過去の記憶と決別することができるのです。
和解しなければならない記憶と過去とは、決別すべき過去の罪によって壊れてしまった神との関係、ほかの人との関係のことです。ペテロは、イエスを三度否定したことと決別するために、三度「あなたはわたしを愛しますか」というイエスの質問に答えなければなりませんでした(ヨハ 21:15~17)。これは、罪のために壊れた関係を回復する瞬間でした。このような回復は、復活されたイエスに出会うことによって可能となります。ここには、自分との和解も含まれます。罪を犯し、堕落した嘆かわしい自分(影)をそのまま受け入れ、そのような自分を神があわれんでくださるところに希望を見出すのです(哀 3:19~23)。そして、それをしようとするなら、自分と人をさばくことをやめなければなりません。「一体、なぜ(why)そうなったんだろう」というさばく質問をやめて、「どのようにして(how)そうなったんだろう」というあわれみの質問をするべきです。このように神のあわれみの目で自分を、そして他人を傷つけた人を見るとき、壊れた関係の回復が始まります。
皆さんが過去の罪と傷と痛みの記憶と決別し、神のあわれみと真実な約束を握りしめ、過去と和解することによって、神と隣人、自分自身との壊れた関係を回復していきますように。


 

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