聖徒の敬虔訓練⑨

   怒りと敬虔訓練
 

ホン・インジョン ● 長老会神学大学 実践神学教授


辞書では、怒りを「非常に不満であったり、不快であって出る憤り」と定義しています。類似語には、憤り、腹立ち、憤慨、鬱憤、激怒などがあります。ここでは不満や不快のために出る憤りを「怒り」という用語で表現します。ギリシャ語で怒りを意味する代表的な単語は「シュモス」と「オルゲー」があります。一時的にかっとなる怒りと、長く持続する怒りに分けられますが、新約ではこの二つの単語は同義語のように使われています。人間の怒りと神の怒りを表現するときにも、両方の単語が使われています。旧約では怒りを意味するヘブル語は「アフ」で、神の怒りを表現する場合がほとんどです。

聖書の中の怒り
兄カインと弟アベルは神にささげ物をしますが、神がカインのささげ物に目を留められないと、彼はひどく怒り、顔を伏せました。「『なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。・・・。』しかし、カインは弟アベルに話しかけた。・・・そして、ふたりが野にいたとき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した」(創 4:6~8)。結局、カインの怒りは、弟を殺す殺人事件へと飛び火し、彼を破滅へと導いたのです。
エサウは長子の権利を横取りした弟ヤコブへの憎しみのあまり、殺してしまおうと考えました。それを知った母リベカはヤコブに言いました。「…私の兄ラバンのところへ逃げなさい。兄さんの憤りがおさまるまで、しばらくラバンのところにとどまっていなさい。兄さんの怒りがおさまり、あなたが兄さんにしたことを兄さんが忘れるようになったとき、私は使いをやり、あなたをそこから呼び戻しましょう。・・・」(創 27:43~45)。
イエスの弟子ヤコブとヨハネは「ボアネルゲ、すなわち、雷の子」(マコ 3:17)と呼ばれました。おそらく、すぐに腹を立てる攻撃的な性格のために付けられたあだ名のようです。イエスとともにサマリヤを通ろうとしたときも、歓迎されないと、彼らは「主よ。私たちが天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょうか」(ルカ 9:54)と言って火のさばきを求めたとき、イエスは彼らを戒められました(ルカ 9:55)。
放蕩息子の話の中では、兄は帰ってきた弟を父が歓迎する姿を見て怒りました。「すると、兄はおこって、家に入ろうともしなかった。・・・兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。・・・それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか』」(ルカ 15:28~30)。怒りのあまり、兄は弟と呼ばず、「このあなたの息子」と呼びます。
このように聖書の中の怒りを見ると、怒りは憎しみと殺人に、有害な感情から破壊的な行動へと発展していくものであることがわかります。小さな火の種が大きな火となって広がっていくように、小さな怒りを放置してしまうならば、関係の破壊はもちろん、己の身までも破滅に導いてしまうのです。

聖なる怒りと破壊的な怒り
旧約には、神の民が偶像に仕えて神の命令に背いたとき、神の彼らに対する怒りがよく登場します(出32章、民25章、申 2:15;4:25;31:29、士 2:14、Ⅰ列 11:9、Ⅱ列 17:18)。しかし、神の怒りは人間の怒りとは区別されます。なぜなら、それは人間の悔い改めと立ち返りのための聖なる怒りだからです。それだけでなく、神は孤児ややもめをしいたげることと、社会的な悪と不義についても、聖なる怒りを表されました(出 22:22~24、イザ 1:15~17、アモ 5:7, 10~12、ミカ 3:1)。
イエスも不義に対して怒られました。宮の中に商人と両替人が座っているのを見られて、細なわでむちを作って宮から追い出し、金を散らし、台を倒されました(ヨハ 2:14~15)。また、ユダヤ人たちが安息日に病人をいやされるかどうか試みようとしたとき、イエスは彼らのかたくなな心を嘆かれ、怒って彼らを見回されました(マコ 3:5)。イエスは不義に対して怒られましたが、イエスには罪がありませんでした。ですから、ヘブル人への手紙の著者は「罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです」(ヘブ 4:15)と言います。イエスは、火に焼かれるさばきと滅びの日の前に私たちがすべてのことを悔い改めて立ち返るよう、一年を千年のように、千年を一日のように忍耐深く待っておられます(Ⅱペテ 3:7~13)。また、聖霊もねたむほどに私たちを慕っておられます(ヤコ 4:5)。ですから、三位一体の神の怒りは、寛容と愛に基づく罪に対する聖なる反応なのです。
神の怒りが聖なる怒りであるのに対し、人の怒りは破壊的な怒りです。モーセは、神と対面したイスラエルの最高の預言者でしたが、偶像を造った民に怒り、十戒の石の板を砕いてしまいました(出 32:19)。そして、時には怒りによって神の義を弱め、怒りのあまり岩を二度打つことで神の聖さを傷つけ、結局はカナンの地に入ることができなくなりました(民 20:10~13)。また、ダビデは神の心にかなった者(使 13:22)でしたが、神の箱を運んでいたウザが死ぬと、神に対して怒りました(Ⅱサム 6:6~10)。このように偉大な人物であっても、人の怒りは神の義と完全さをなすことができません。

日常で怒りを克服する
パウロはエペソの聖徒たちに「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい」(エペ 4:26~27)と勧めます。つまり、怒りそのものは罪ではないということです。しかし、日が暮れるまで怒っているなら、悪魔に隙を与える強力な武器となってしまいます。ですから、私たちはどうすれば怒りを適切に治めることができるのかを考えるべきなのです。
怒りの感情を認める
怒りの感情は無視したり否定してはなりません。怒りも神が私たちに与えた感情の一つです。フラー神学校のルイス・スミド教授は、「怒りは私たちが生存しており、健康である信号です。しかし、憎しみは私たちが病気で、いやされなくてはならないという信号です。健全な怒りは事態を改善する力を与えますが、憎しみは事態を悪化させるだけです」と言いました。怒りの感情を認識しながらも、その感情に支配されないようにしなくてはなりません。否定的な怒りにならないようにするためには、怒りがどこに根をはっているのかを思い返すべきです。
人は怒ると、腹が立つという事実を否定したり、爆発的に表に出したり、もしくは、一貫して沈黙します。そして、心の深い所で、その怒りが罪だと考えて自分を罪に定めるのです。怒りの感情は、おもに両親や幼い頃に恐かった人々がモデルとなり、それを意識的に無意識的に受け継ぎます。神は怒りを罪に定められません。神の支配がなくては、怒りを治めることができないことを私たちが認めるために、神は私たちに語りかけてくださいます。過去の経験と現在の怒りが、私たちを支配しないようにするために神に拠り頼むとき、私たちは怒りに立ち向かうことができるのです。

復讐する権利を放棄する
人には、怒りの対象を自分の手で懲らしめようとする傾向があります。怒りは私たちを審判者にします。しかし、私たちは神の御前に立ち、私たちのしたことをありのまま告げなくてはならない被造物であり、罪人です(ロマ 14:12)。私たちはキリストのさばきの座に立ち、各自の行いに応じて報いを受けます(Ⅱコリ 5:10)。ですから、復讐する権利を放棄し、神にゆだねなければなりません。「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。・・・『復讐わたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる』」(ロマ 12:19)。

怒りのリストを作成し、おだやかに話す
怒りを長期間抱いてしまうと、サタンに攻撃する隙を与えてしまいます。聖書は日が暮れるまで憤ったままでいてはならないと命じます。ですから、毎日寝床に入る前に怒りを清算しなくてはなりません。一日の怒りはその日だけで十分です。自分を怒らせた出来事、怒りの程度(1~10)、怒りの表現と解決などを記録してください。怒りの日誌を2~3週間つけてみると、どんな時に怒り、怒りの程度がどれほどであるかを認識するようになります。すると、徐々に怒りと決別できるようになります。また、怒りは、起こった出来事よりも、それに対する解釈に基づいていることがほとんどです。そして、怒りを表現する頻度が多いほど、破壊的な言動に発展します。ですから、怒りの衝動的な噴き出しを遮断するには、初期に怒りが高まるのを認識する必要があります。箴言では「短気な者は愚かなことをする。悪をたくらむ者は憎まれる」(箴 14:17)、「激しやすい者は争いを引き起こし、怒りをおそくする者はいさかいを静める」(箴 15:18)と言っています。
怒りを静めるためには、おだやかな言葉を使いましょう。おだやかとは、柔らかく温和であるという意味です。使徒パウロはテモテに「男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい」(Ⅰテモ 2:8)と勧めます。きよさと祈りは怒りと争いを正当に扱うことを前提としなくてはならず、これは特に男性に要求される霊的な生き方です。
怒りのあるところには罪が増します。怒らずに生きることはできないかもしれませんが、それが自分を破壊するエネルギーとして用いられないよう、怒りを治める責任と知恵を持ちましょう。愛の中心要素である寛容も、ギリシャ語では「怒りから遠ざかる」という意味です。怒りを治めることができないなら、愛の実践も不可能なのです。




 

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